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極上の安ワイン

Una mia piccola storia milanese.

僕がイタリアに惹かれるようになった理由を僕はもはや覚えていない。そのようなものがあったのかすら、今となっては見透かすことのできない霧か雲の向こうに隠れてしまった。毎年のようにイタリアへ足を運ぶ人たちも少なくないことに照らしてみれば、僕がイタリアに惹かれているのかどうかすらも怪しくなってきそうだ。

初めての(そして今のところ最後の)イタリア旅行の終わりに僕はミラノに滞在した。ほんの二晩か三晩ほどのささやかな滞在だ。
モンテナポレオーネのいくつかのブティックでは、あからさまに嫌日な空気をひしひしと感じた。僕がミラノに滞在していたほんのわずかな期間に関して言えば、えげつないショッピングぶりを披露していたアジア人は大陸の言葉を話していたが、イタリア人の店員たちには知ったことではないのだろう。少なくとも、そういうえげつないレールを敷設したのは、しばらく前の日本人であったことはたぶん間違いのないことだ。

[つづき]
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by mono_mono_14 | 2007-05-11 18:51 | 伊/italia | Comments(4)

イタリア現代都市の地区再生デザイン

Ho visto una mostra intitolata "Progettare ai Margini" tenuta all'Istituto Italiano di Cultura che mostra alcuni progetti urbanstici delle quattro citta' italiane: Milano, Bologna, Torino e Napoli. Ogni presentazione e' stata bella ed i progetti napoletani mi sono piaciuti molto, poi quei milanesi.

 降りしきる雨をものともせずに、イタリア文化会館でひっそりと(?)開催中の展示『イタリア現代都市の地区再生デザイン(Progettare ai Margini)』を観に行った。ミラノ、ボローニャ、トリノ、ナポリという4つの都市で進行中の都市再生プロジェクトのパネル展だ。イタリア文化会館のホームページをたまたま覗いた時に、この展示を発見した。ある意味、ラッキーだ。会期は5月5日から10日までと短く、連休中に足を運ばなければ、行きそびれるのが目に見えていた。

 予想通り、客はまばら。受付のお姉さんの手持ちぶさた加減が痛々しい。なぜだか記帳を求められ、この個人情報保護の時代にあり得ないなと思いつつ、休眠中(つまりは失効中)とは言えイタリア文化会館のテッセラを持つ身でもあるので、おとなしく応じた。解説パンフを受け取る。イタリア語/日本語のバイリンガルで、まあまあの出来栄え。序文を陣内さんが寄せている。これもバイリンガルだ。陣内さんのイタリア語かどうかは不明(と言うか、普通は違うだろう)。都市再生だの空洞化だの市民参加だのといったギョーカイ用語のイタリア語訳があるのは、何だか嬉しかったりする。

 展示は、日本語の密度がものすごく低いので、いったい誰に見てもらおうと思っているのか聞いてみたくなるが、それでもプレゼはそれなりにおもしろかった。ところどころに残る手の痕跡(手書きの風合い(とは言ってもPC上で描かれている可能性も高いが))がよかった。ナポリのプロジェクトが僕はいちばん気に入った。何て言うか、気持ちよかった。海があるからかも知れない。ミラノのプロジェクトもよかった。ボローニャのプレゼも好きだった。トリノが悪かったわけではないけれど、順番をつければ僕的にはビリだった。

 DVDが流されていたりして、ザハ・ハディドや磯崎新やダニエル・リベスキンドがテーブルに拡げたトレペを囲んで手を動かしている(手話じゃないぞ、絵を描いているの意だ)映像など眺めていると、較べるのがまつがっていることは重々承知ながら、僕の属する世界ではそんな緊張感溢れる“現場”は少ないなあと思ったりする。ああいうヤツらに議論させても大丈夫なミラノ市のお役人たちも大したものだなとも思う。

 日本の都市再生は、こんなふうに戦略的じゃないことがほとんどな気がする。森ビルや三菱地所、三井不動産が繰り広げる都市再生を東京都や港区や千代田区が自らの政策に位置づけながらパネル化する、なんていうこと、考えにくい。もっとも、イタリア諸都市が、ディベロッパーやアーキテクトをうまく使っているのか、いいように乗っ取られているのかは、知らないけれど(その問題との関係で、先日、書店で見つけた『ミューズが微笑む都市』という1冊は、イタリア都市計画の負の現状をまとめているようで、早く読みたいと思いつつ積ん読いたままの日々を送っている)。
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by mono_mono_14 | 2007-05-06 23:59 | 文/cultura | Comments(0)

五月の薫る風とブルスケッタ

Ho provato a fare la bruschetta con pomodoro. Buonissima.

 カリッとトーストしたフランスパンにまったりしたトマトの角切りサラダが載っかっているものを「ブルスケッタ」と呼ぶのだ、と僕は思っていたのだが、ガーリックトーストのことを「ブルスケッタ」と呼ぶのであって、トマトの角切りサラダが載っかっているものは「トマトの(角切りサラダが載った)ブルスケッタ」と呼ぶのだった。
 しばらく前に買うだけ買って、何一つ試す機会のないまま棚に眠らせていた教科書のいちばん最初のリチェッタとして赤々と眩しく輝いているのが、この「トマトのブルスケッタ」だ。教科書を見てつくるような一品ですか? とお尋ねの向きもあろうが、ええ、そんな一品なんですよ、と答えねばなるまい。なぜならば、教科書を見てつくらなかったら教科書クッキンガーの称号(誰も称えてない)は謹んで返上しなければならないではないか。本末転倒気味な薫風とともに先へ進む。
 トマトは洗って食えばいいものだと思ってはいるが、教科書に従い、湯むきと種とりをする。トマトの皮をむき、種を掻き出すのだ。トマトなのに。ああ、トマトなのに、僕は皮をむき、種をほじっている...! 何だか感極まってしまうが、こういうディテールにとりあえずは従ってみるのが教科書クッキングの醍醐味であり、教科書クッキンガーの譲れない矜持なのだ。そんなわけで、大小2つのトマトを適当な角切りにするまでに、やたらと時間がかかったのであった。おい、お前の矜持とやらは適当に譲っていいぞ。へい。
b0018597_13383225.jpg トマトの角切りにニンニクひとかけの粗みじんとオイル、バジリコを加え、手でわしゃわしゃ混ぜる。ブルスケッタとニンニクは僕の中では新鮮な組み合わせだったのだが、冒頭に記したとおり、ブルスケッタはガーリックトースト、平たく言えばニンニクパンなのだ。キンニクマンとは違うぞ。と全く不要な加齢臭漂うおやじギャグなども薫風に乗せつつ先へ進む。
 適当なサイズにスライスしたフランスパンのトーストにニンニク片をこすりつける。と教科書にはあったのだが、先ほど矜持を譲ったところなので、この工程はパスする。ブルスケッタ的にここをパスしていいかは甚だ疑問な工程ではあるが、そんなにニンニクを強調しなくてもいいじゃないかと思ったのだ。もっとも、とうに手遅れだったことを食後に思い知る。角切りトマトサラダに混ぜ込んだニンニクが利きまくっていたからだ。いや、美味なことこの上ない自皿自賛の仕上がりであったのだが、これから出かけるんですけど。ま、いいですかね。濃いめの緑茶でも飲んでみましょうかね。あ、意味なかったですね。加齢臭とニンニク臭をまき散らしながら、初夏の陽射しのまぶしい東京へと歩を踏み出す教科書クッキンガー。僕の頬にあたる薫風は心地よい。僕の後ろへと流れていった風のことなんて知るもんか。
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by mono_mono_14 | 2007-05-05 23:59 | 味/buono | Comments(4)

お待ちしております

Bravi i rossoneri! Aspetto di rivedervi in Giappone in dicembre!

 珍しく、ライブから遅れることわずか10時間ほどで、ミランとユナイテッドの録画放送をフジテレビが届けてくれるという。卑屈な薄笑いを浮かべながらえへえへとすり寄ってしまう卑しい僕であった。とは言え、来客があったので、真っ昼間ながら軽い宴状態であったため、試合に没頭するというわけにはいかなかったが、それでもテレビはつけっ放しにしておいた。10時間(起きてからなら6時間かそこら)くらい、情報を遮断しながら生きていくことはできる。イタリアから届いた怪しい気配の漂った携帯メールは途中で読むのを放棄した。
 ものすごい雨だが、ミランは躍動した。カカとセードルフが化け物だったが、ガットゥーゾはじめ中盤もキてた。自信があるわけではないのだけれど、一時期は相当にヤバかった(従来の意味だ)ネスタは戻してきてるんじゃないか、という気がした。錯覚じゃないといいんだけど。MUTVとかの再放送に卑屈にすり寄って確認するか。ともあれ、ロッソネーリご一行さま。日本でお待ちしております。

 同じ日の夕食頃。Jリーグの試合をテレビで観た。同じスポーツとは思えない牧歌的な風景が広がっていた。Jリーグを蔑むつもりは毛頭ないし、むしろJリーグを愛でたい気分も満々なのだけれど、正直、キツいものはキツかった。道のりは長く険しいな。

[appendice: fatta subito dopo la finale]
Una grande partita per il Milan ad Atene con una doppietta del Super Pippo! Il gran Maldini ha concluso la sua ottava finale della Champions con un bellissimo risultato. Ai rossoneri, vi aspetto in Giappone!
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by mono_mono_14 | 2007-05-03 23:59 | 蹴/calcio | Comments(6)

玉川上水

Ad una mostra fotografica intitolata "Acquedotti di Tamagawa" mi sono visto tante le foto espressive dell'acqua. Sono state belle e mi sono piaciute molto.

 今朝だったか、昨日の帰り道だったか、地下鉄で玉川上水駅から徒歩1分だというマンションの中吊り広告を見かけた。玉川上水駅ってどこさ、と路線図に目をやると、それはどこだかわからないような遠くだった。立川の上の方に位置していた。これじゃ東京には通えないじゃんなどと毒づいたことを思い浮かべながら地下鉄を降りた。

 よく晴れた気持ちのいい連休の谷間(つまりは仕事の日)のランチがてら、書店に足を向けると、上階にあるポートレートギャラリーで『玉川上水』と題された写真展が催されていた。撮影は宮前亘。副題に「江戸・武蔵野を潤した水辺の記憶」とある。書店を冷やかすのは後回しにしてエレベーターで5階へ向かう。

 世界に冠たる大都市だった江戸を支えた玉川上水。その流れを源流から下ってくる写真展だった。写真たちは、郊外というよりは田舎の風情を放っていた。こんなところからじゃ東京には通えないだろう、と思わされるほどに麗しい田舎の風情だった。水面は、夕日の黄金を映し、木々の緑を映し、雪空の白とグレーを映し、都心を目指して流れていた。

 写真に切り取られた玉川上水は、かつて太宰治とその愛人・山崎富栄がその命を絶った流れでもあるのだが、それでもやはり、玉川上水の水の流れは命に溢れている。こんな水流、こんな水辺、こんな緑、雑木林。こんなすごいものを持っているだなんて、東京もなかなかやるじゃないのさ。

*:言うまでもなく、玉川上水駅は余裕綽々の東京通勤圏だ。念のため。
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by mono_mono_14 | 2007-05-02 16:28 | 文/cultura | Comments(2)