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仕事納め

 なんだかむやみやたらと早かった1年も今日で終わり。いや、まだ3日残ってるし、年賀状のデザインもこれから考えないといけないんだけど、ともあれ仕事納めで一段落。冬休みの宿題を抱えて帰る。
 年を追うごとに1年のスピードは速くなる一方だし、お正月の雰囲気は弱まるばかりだ。昔は、お正月を迎える年の瀬の街は、もう少し浮ついたと言うか、そわそわした感じがあったように思うのだけれど、最近は、淡々とした普段通りの表情で、「今度の3連休」ぐらいの顔つきでのほほんとしている。もしかして、日本が長らく大切にしてきたお正月のファンタジー(説明割愛(卑怯))が弱くなってきているのかも知れない。それはそれで、軽く由々しき事態のような気がしたりもする。あぁ、お正月なんだよなあ、と、小さく思う場面を大事にしようかな、などと思ったりした仕事納め。
by mono_mono_14 | 2006-12-28 23:59 | 雑/quotidiana | Comments(2)

ジルベルト・ジル『声とギター ジル・ルミノーゾ』

 弾き語りのことを「声とギター」と呼ぶのは、ちょっぴり気の利いた言い方だと思う。詩情あるフレーズだ。たぶん、ジョアン・ジルベルトのアルバムが有名なんじゃないかと思うが、ここで話題にするのはジルベルト・ジル。しばらく前、たぶん2か月くらい前に買って、しかしその頃の僕の波長とは微妙に合ってなかったのか、一渡り流してそれっきりになっていた。そして、今日、ふとプレイボタンを押している。ジルベルト・ジル『声とギター ジル・ルミノーゾ』。

 もともとは、ある本の付録のような存在として世に出た作品らしく、ようやくCDだけが独立してリリースされる運びになったのだそう。
 分散和音のようなアルペジオ。やや力強いカッティング。4本指を使った小気味よいストローク。ギターだけでどこまでも奥に続いて行きそうな深く暗い空間に穏やかに包まれていく。ジルの声は端正なグリーと呪術師の祈祷の合間を滑らかにスラロームしながら、どこまでも深い暗がりに解き放たれていく。そのさまは、「Gil Luminoso」の原題(副題? よくわからん)の通りに、まさに穏やかな暗闇に差し込む柔らかな灯火のようだ。
 ジョアンの「声とギター」は、音量を絞って聴いていても異次元に連れて行かれそうな魔法のような心地よさだが、それとはずいぶんと趣が違う。ジルの場合、ながら聴きでは捉え損ねる儚くも濃密な余韻に魅力がある気がする。ところで、カエターノには「声とギター」はないのだろうか。聴いてみたい気がする。もしまだないのであれば、ぜひ世に送り出してほしい。僕はせいぜい「肥えてキター━━(゚∀゚)━━」くらいしか世に送り出せないわけなのだが。送り出すな。

 ポルトガル語(キブン的にはブラジル語と呼びたいのだが)で味わい深いなあと思うのは「チ」だ。確かに「アォン」系も独特の心地よいヴァイブを放つが、やはり僕にとっての王様は「チ」だ。アルファベットで綴れば「te」だが、もしかすると語尾に来る時にしか「チ」にならないのかも知れない。少なくとも、僕の耳に風雅な余韻を残すのは語尾の「チ」だ。オリゾンチ。わお! アンビエンチ。わおわお!! プラチカメンチ。わおわおわお!!!
by mono_mono_14 | 2006-12-25 20:52 | 音/musica | Comments(0)

畠山重篤『牡蠣礼賛』

 少し前の新聞書評で目に留まった『牡蠣礼賛』を読み終える。牡蠣には目がない、というタイプの人も多いと思うが、実は、僕はさほどでもない。もちろん、美味しくいただくのはやぶさかではない。それにも関わらずこの本を読むに至ったのは、著者の畠山重篤が三陸で「森は海の恋人」という運動を実践している人だからで、その運動のことを僕は『スローフードな日本』を興味深く読んだ時に知ったのだった。湾内や沿岸の海の恵みは、山と川の健やかさとものすごく大きな関係がある。そのために漁業関係者が山の手入れをしている。この地道な運動は、紛れもなく、戦後日本が繁栄と引き替えに失ってしまった大切な何かを必死に取り戻そうとするストラグルのひとつであり、そういう小さなストラグルがいろんな場面でなされることがとても大切なはずだ、という僕の直感的な認識に、じぃんと響いてきた運動なのだった。そんなわけで手に取り、おもしろく読んだ。

soon
by mono_mono_14 | 2006-12-23 23:59 | 本/libro | Comments(0)

炭焼き親爺ふたたび

Provo ancora gli spaghetti alla carbonara con un'altra ricetta, quella di Kikko Panzetta. Mi e' parso che sia stata piu' facile di quella di Ociai-san. Erano buoni almeno a me.

 ふたたびカルボナーラに挑戦する。前回とは違うリチェッタ。ナポリに嫁に行く感じのリチェッタだ。とても簡単。いちばん大変な工程はパルミジャーノをすりおろすことだったりするくらい。
b0018597_1315122.jpg 今日は、いや、今日もパンチェッタは諦め、ベーコンでお茶をにごす。日本の家庭料理的な絵柄ではある。リチェッタは、パンチェッタの塊を想定しているようで、5ミリ角と書いてあるのだが、僕の手元にあるのはベーコンスライスだ。すでに2ミリ厚になってしまっている。それを5ミリ角に切るのでは、いくら何でも細かすぎるだろう。と言うことで、参考値を求め、ナポリのちょい不良シェフの教科書をひもとく。1.5センチ角とある。これよ、これ。僕が探していた数字は。ここだけ輸入し、あとは嫁入りレシピに沿う。
 以前、ボウルで混ぜるべしとの各方面からの暖かいアドバイスをいただいたにもかかわらず、またもやフライパンで卵を混ぜる。いざとなるとボウルで混ぜることにどこかしらひるむところがあるような気がするのは、もう問題ないとは言え、やはり生卵が禁忌の時期が長かったからだろうか。ともあれ、できあがり。自皿自賛。前回よりも美味しくできたと感じるのは、リチェッタがシンプルだったからのような気がする。パスタを茹でるお湯にも塩をたっぷり入れたので塩気もよかったし、多いかと思うくらい黒コショウを挽きまくったのもよかった。いつかはパンチェッタを使おう。今日もまた冴えない写真でかたじけない。

 僕にとってはパンチェッタでも入手が難儀なのだが、これでも日本の消費者を慮ったリチェッタになっているようで、ほんとうはグアンチャーレを使う、とある。何だそれ。そこに行けばどんな夢も叶うと言うのか。それはガンダーラだ。古い、似てない、つまらない。・・・皆さん厳しいですね。さらに、パルミジャーノだけでなくペコリーノと半々にする、が、パルミジャーノだけでも許す、ともある。カルボナーラ、奥深し。
by mono_mono_14 | 2006-12-22 01:31 | 味/buono | Comments(2)

『空間に生きる──日本のパブリックアート展』

 ・・・モロモロ勘案すると、もう、今しかない。「現地調査」名目の外出を申請して(それは単なるエスケープではないのか?)、ものすごく駆け足で、と行っても地下鉄と徒歩だからちっとも駆けちゃいないのだが、『空間に生きる──日本のパブリックアート展』を観に行った。この週末で終わってしまうのだ。会場は世田谷美術館。以上、何となくデジャビュなイントロ。

 パブリックアートというのは、どうにも掴みどころがない。パブリックアートというのは、街角だとかビルのエントランスの辺りだとかに置かれている、形はわかりやすいけど意味不明だったり、そもそも右の端から左の端までわけがわからなかったりする彫刻のことだ、という認識は、どの程度、正しいのか。企画監修の世田谷美術館館長、一説によれば日本における2大ダニ・カラヴァニストの1人だという酒井忠康によれば、とりあえず「野外彫刻」と思っといてもいいぞ、とのこと。ただ、その「パブリック」の部分、つまり公的意義については、ものすごく考えるべきことがあり、正直、系統だった整理はなされていないのが現状で、従ってこの展覧会は、そういう問題提起の第一歩とすべく日本の現状を総括したものと位置づけられたい、とのことであった。札幌芸術の森美術館を経て世田谷美術館に回ってきたこの展示は、どうやらスペインへと飛びそうな気配。

 展示は3部構成で、「エポックメイキング・プロジェクト」、「ユニーク・プロジェクト」、「戦後パブリックアートの諸相」からなっている。「エポックメイキング・プロジェクト」が全部とは言わないまでも断然おもしろく、「ユニーク・プロジェクト」の中にも目を惹くものがいくつかある。あまり策を弄さず関心の所在を列記する。
●広島平和記念公園/丹下健三(+イサム・ノグチ):未見。日本人なら一度は見ておくべきなんだと思う。とは言え、そのためだけに赴くのは至難の業。少なくとも牡蠣の美味しい季節にすべき。
●大阪万国博覧会お祭り広場/丹下健三+岡本太郎:10数年前に一度だけ行ったことがある。万博時の丹下と岡本のせめぎ合いを感じることが不可能な今となっては、さほど興味は惹かれないが、太陽の塔の中には入ってみたい。お好み焼きの美味しい季節にすべき。年中か。
 以上は、力いっぱい国家プロジェクトと言ってよく、そこで登用されるのが丹下健三であり、容易には御しがたい傑出した彫刻家が存在していることが興味深い。文明史的戦没者鎮魂にせよ戦後的国威発揚にせよ、そういう表現を引き受けられるのは建築と彫刻だけなのではないか。しかし、パブリックアートは、そんなナショナルのレベルにとどまることはなく、むしろあっと言う間にコミュニティのレベルに降り立ち、拡がっていった。その主たる道筋は、公園を含むミュージアム化とストリート・ファニチャー化だったように見える。
●モエレ沼公園/イサム・ノグチ:未見にして必見。特にコメントを要しないと思う。脱線してついでに言えば、牟礼も必見と思う。言うまでもなく未見。なんだこの悲しいエクスキューズ。
●札幌芸術の森野外美術館:未見。きっとおもしろいと思う。ほとんどの作品がこの美術館のための新作なんだそう。
●ベネッセアートサイト直島・家プロジェクト/ベネッセ+安藤忠雄・他:未見にして必見。詣でる人多し。杉本博司の展示で見た護王神社なんかもここ。
 箱根彫刻の森美術館に始まるミュージアム化の流れの、現時点での到達点は、ひとつが札幌で、もうひとつが直島なんだろう。そして、その先にあるのが、恥ずかしながら僕はこの展示で知ったのだけど、砂防事業(地滑り対策)と連動したアートプロジェクトだ。日本の公共事業もやるじゃないの。『犬と鬼』の世界ばかりではなかったのだ。
●室生山上公園芸術の森/井上武吉+ダニ・カラヴァン:事業的な構造がどうなっているのかはよくわからなかったが、何だかものすごく画期的なことのような気がする。今年の夏にオープンした模様。行きたい。
 その他にも「Wave Wave Wave, Umi-Tsukushi」(小名浜港)とか、「アルテピアッツァ美唄」とか、興味深い場所はいくつもあった。
 一方、街角アート(ストリート・ファニチャー化)の方面では、相対的に心惹かれるものは少なかった。それでも、宇部市が野外彫刻展を1961年から、長野市が野外彫刻賞を1971年からそれぞれ現在に至るまで継続していることを知り、ずいぶんと先見の明を持った地方都市があったのだなあということに驚き、そして少し心打たれたり、した。
 
 ハンディな展示カタログは、写真が小さいのが惜しいものの、日本のパブリックアートの系譜と現状を簡便に俯瞰できるなかなかの良品で、40分ほどのDVDもついて2,000円。悪くないと思う。
by mono_mono_14 | 2006-12-20 18:37 | 文/cultura | Comments(6)

茸のリゾット

Ho fatto il risotto ai funghi con una ricetta di Carmine-san che fa alcuni ristoranti a Kagurazaka. Era buono ma volevo fare dal primo passo di processo, cioe' la preparazione del brodo.

b0018597_1804826.jpg 日付をまたぎながら、しいたけだけのリゾットをつくる。今宵の教科書は『カルミネさんのイタリア料理』。どうやら「CLASSY.」とかいう雑誌に連載されたものをまとめた1冊。ということを、今、知った。神楽坂を中心にいくつかのレストランをやっているカルミネさんのレシピは、最近こそ出番が減っているものの、ずいぶん長いこと僕の教科書の一番手だった。
 もちろん、丁寧なブロードのつくりかたが載っているのだけれど、今日はマギーの無添加チキンコンソメで手抜きするので、とても簡単。30分ほどでできあがり。自皿自賛で食べる。とは言うものの、ブロードで手を抜いてリゾットがベラメンテにべらぼうな味になるわけがなく、淡々とつくり淡々と食べる感じになるのは否めない。いや、美味しいことは美味しいのだけれども(ただし自皿自賛な)。やっぱり教科書クッキングの醍醐味は手間暇にもあるのだなということを確認した30分でもあった。

 相変わらず美味しくなさそうな写真ですまん。
by mono_mono_14 | 2006-12-20 02:12 | 味/buono | Comments(4)

『伊東豊雄 建築|新しいリアル』

 ・・・モロモロ勘案すると、もう、今しかない。ランチタイムの拡大を自分に申請して(それは単なる独り言ではないのか?)、ものすごく駆け足で、と言っても地下鉄と徒歩だからちっとも駆けちゃいないのだが、『伊東豊雄 建築|新しいリアル』を観に行った。この週末で終わってしまうのだ。会場は東京オペラシティアートギャラリー。

 せんだいメティアテーク以降の華々しいシゴトを集めた展示。モックアップがたくさんあり、見飽きない。ビデオによる展示も多々あったのだが、残念ながら、そういうのをじっくり観ていられるような時間的な余裕はないので、後ろヅラ引かれながら素通りする。パネルに書き込まれた細かい説明も斜め読みだ。それでも行く価値はあった。
 コンピュータが成立させる設計も、建設作業員が地道に創り上げていくことにより立ち現れるのだ、ということがビリビリと伝わってくる。そこではクリックひとつで自動的にフォルムを生成していってくれるようなマジックが入り込む余地はない。コンピュータが描き出す滑らかにうねる起伏ある屋根面。その形に従って型枠を組み、鉄筋を組み、コンクリートを流し込む。コンピュータが複雑で魅力的な造形を考案すればするほど、その実現プロセスにおける人間の手仕事の重要性が高まるという、興味深い因果関係。各務原市営斎場の屋根型枠のモックアップがあり、昇れるようになっている。起伏ある大地のような曲面。それを構成しているのは、うまく配置された板きれたちで、おそらく計算と経験の賜であろう繊細な型枠工事だ。造形を思いつくだけでは建築になり得ない。コンピュータが試みに引いてみた1本の線は、途方もない英知と経験に裏打ちされた人の手作業で命が吹き込まれるのだ。そのことに感動する。現場の迫力とプライドに敬意を覚える。

 ミキモト柄とToyo Itoのサインが入ったレタリングペンがあったので、つい購入。せっかくだから何か書いてみようってことで、著者サイン入りエントリ。意味不明。しかもへたくそ。やめとけって話だ。
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by mono_mono_14 | 2006-12-19 17:26 | 文/cultura | Comments(0)

金子達仁・戸塚啓・木崎伸也『敗因と』

 『敗因と』。共著ながら金子達仁・入魂の1冊。との前評判(半ば自ら煽ったものではあるのだけれど)。これは、エキサイトにある公式ブログで沸き起こったものだったりする。金子と後輩・戸塚啓、弟子・木崎伸也の3人で分担して、ドイツワールドカップでの日本代表の姿を膨大なインタビューや実況放送から再構成したドキュメンタリー・タッチの1冊。ある意味、勝負の1冊であり、『28年目のハーフタイム』で衝撃を受け、しかし、それがピークだったなと思ってしまう一読者としては、期待半分、失望予防半分といった心構えで買い求めた。プロローグと9つのセクションからなるこの本は、金子2本、戸塚5本、木崎3本という構成で執筆されたものであることを目次で知り、やや期待の割合を下方修正して読み進め、先ほど読み終えた。

うーん。。。(ネタがバレたりしますよ)
by mono_mono_14 | 2006-12-19 05:09 | 本/libro | Comments(2)

拡大トヨタカップ決勝

 拡大トヨタカップ決勝。カードを見ればやっぱりトヨタカップ。いいじゃん、これ、もうトヨタカップって呼べば。

 後ろからガツンと当たられる時のロナウジーニョのお尻の使い方。寄せてくる相手に腰掛けるかのようにお尻をぶつけてスペースを確保し、それでいてボールを扱うのはソール。目を惹く華麗なフェイントやアクロバティックなシュートなんかよりも、こういう地味なディテールの別格さ加減がものすごい。デコしかり。ジュリしかり。イニエスタしかり。
 しかしながら、バルサ的には体が重そうで陣形も間延び気味。対するインテルナシオナルは、勝負に徹した試合運び。結果、こらえ続けた終盤に押し込んだ1点を守りきり、インテルナシオナルが勝利を掴んだ。

 トヨタカップの昔から、このタイトルに賭ける執念は南米がものすごかった(チームも民衆も)。バルサも勝ちたい気はあったのだろうけど、それをインテルナシオナルが遙かに上回った。・・・とも言えないな。試合終了後のバルサの面々の表情を見る限り、勝ちたい気持ちに差があったわけではなさそうだった。ヨーロッパが、この大会に向けてコンディションをつくるのが、もう、とても難しい。そういうことかも知れない。そういう意味では、開催国を動かしてみるのは、大会的には一考に値するだろう。この“既得権”を失うのは、日本のサッカーファンにとっては残念なことではあるにしても。
by mono_mono_14 | 2006-12-17 23:59 | 蹴/calcio | Comments(0)

五十嵐太郎『美しい都市・醜い都市』

 五十嵐太郎『美しい都市・醜い都市』を読む。あちこちに書いてきた景観論・都市計画論に加筆して1冊に編んだもの。とりあえず、基本的な素養として、今、読んでおいた方がいい1冊・・・というのは、やや業界的な話ではある。例によって、イタリア文化会館は赤すぎるのか問題も取り上げられている。あの赤、塗り直すという噂が根強くあるが、本当だろうか。
 新書なので、割と幅広い読者に開かれているのだろうとは思うものの、予備知識ゼロベースで読むのは少々しんどいかも知れない。それでも、少なくとも景観論の部分は、幅広い読者を得られるといいなと思う。というわけなので、関心を持たれた方はぜひ。
 それほどでもない方でも、よければ、24-25ページの見開き写真(と、16-20ページ辺りの本文)だけ、見てみてほしい。とてもとても興味深い。と言うか、ちょっと背筋が薄ら寒い。
 実は、以前、その話のモトネタをネタに少し書いたことがある。よければそちらも。

 僕がおもしろかったのは、1章「醜い景観狩り」、3章「日本橋上の首都高速移設を疑う」、5章「テーマパーク化する都市」、8章「押井守の未来都市」辺り。あと、都市の現実を映像で魅力的に切り取る才能として香港のウォン・カーウァイの名が挙げられており、作品をひとつも観ていない僕としては、何かひとつくらい観ないといかんのじゃないかという気がしてきたことも覚え書き的に付記。
by mono_mono_14 | 2006-12-13 22:01 | 本/libro | Comments(7)