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『贋作・罪と罰』@シアター・コクーン

 野田秀樹は、このお芝居を通じて僕らにいったい何を考えろと言っているのだろうか。

 「こんにちは、中核派です!」。まだまだ緊張感の残る初々しい大学1年生たちが1限の授業が始まるのを待っている4月の階段教室に、ヘルメットをかぶりマスクをした男女が入ってきて元気に叫んだ。このあと彼らが何かを言い、誰かが野次った。その辺りは覚えていないが、朗らかで明るい第一声のことははっきりと覚えている。
 僕が大学に通っている頃、学生運動なんてとてつもなくイケてないことだったと思うが、まだ名残はあった。しかし、僕だけではないと思うけれど、ときおり見かける過激派の末裔に寄せる関心はなく、ほんの数世代前の大学生が熱き血潮を沸騰させていたという事実にも興味がなかった。
 しかし大学生だった野田秀樹の隣では、過激派の学生がリンチで殺されていったりしたのだそうだ。

 この1学生の死のことを考えずにはいられない芝居だと野田が言う『贋作・罪と罰』を観た。

以下、ゆるーくネタバレします
by mono_mono_14 | 2005-12-30 23:59 | 芸/arte | Comments(0)

エル・カミーノに足を踏み入れた

 スペインにも目覚めた年を締めくくるにふさわしく(?)、「エル・カミーノ」に初めて足を運んでみた。神楽坂(と言うか正確には軽子坂だ)にあるこぢんまりとしたお店だ。年内最終営業日にも関わらずと言うかだからこそと言うか、店内はじきにほぼ満席の盛況。リピーターというか常連率が高そうな感じだった。
 黒板の日替わりおすすめメニューの説明を受け、それを中心に頼む。ジャンボマッシュルームとエリンギのプランチャ、シーフードコロッケ、イカの墨煮などなど。いずれも美味。野菜のコシードとかいう煮物とスープの中間くらいの一品がほっこりとイイカンジでリラックスしていて美味しかった。僕の宿題(?)であるタコのガリシア風は、こう言っては不遜だけれど、もう一息という感じがした(ってほんとに不遜だ)。銀座の「Pero」の方がずいぶんと衝撃的に美味しかったと思う。
 また、ワインリストもとても興味深かったのだけれど、残念ながら僕は鯨飲肌(?)ではないので、せいぜい1本しか頼めないのが玉にキズ感が残る。グラスワインは「用意があります」くらいの整い方だったので。例えば、6人くらいの大人数で行けばいろんなワインを楽しめそう。ただし、6人で行こうと思ったら絶対に少し早めの予約が必要そうな感じではあった。また行きたい。
by mono_mono_14 | 2005-12-29 23:59 | 味/buono | Comments(0)

仕事納め

 仕事納め。大掃除。例年、この日に忘年会をやっていたが、今年は1週間前倒しにしたため、今日はひたすら大掃除の日。まだ終わらず、ひとりオフィスでカヴァレリア・ルスティカーナを流しつつ、カベルネ・ソーヴィニヨンの小瓶も開けたりしつつ、捨てても困らなさそうな書類だの雑誌だのをマニアックに仕分けて棚に押し込んだり、している。去年も忘年会からオフィスに戻りカタヅケをしていた僕なのであった。
 わかる人にはわかるだろうけど(わかる人は少ないと思われるし、わからない方がシアワセな気はするんだけどね)、深夜のオフィスにひとりでいるのは、妙な昂揚感があったりして、案外、悪くないキブンだ(ただし、追い込まれていない場合に限る。追い込まれている場合は、過換気症候群のようなキブンでメゲる)。
 仕事納めだからシゴトのことなど振り返ってみるのだけれど、時間が経つのばかりがやけに早く、自分の育ちっぷりのほとんど見られないことには、寂しい思いを禁じ得ない。心中秘かに期していたシゴトは、公平に見て及第点はあげられないだろうという出来に終わってしまった。そのことを悔いてばかりはいられないのだけれど、そのことは悲しかったし悔しかったな。リベンジを期して新年を迎えるためにも、早いところカタヅケを終えよう。
by mono_mono_14 | 2005-12-28 23:59 | 雑/quotidiana | Comments(2)

マンマ・ジュリエッタの物語

 思ったよりもすいすいと読み終えた『カルメンの白いスカーフ』。少なからず刊行されている「日本人、イタリアに出会う」タイプの1冊ではあるのだけれど、出会った相手がハンパない。何しろスカラ座のプリマドンナだ。著者の武谷なおみさんは、子どもの頃に聴いた来日公演の演奏に強烈な感銘を受け、不世出のメゾ・ソプラノと称されるジュリエッタ・シミオナートへたどたどしいファンレターを送ったところから、この奇跡的な出会いと交流の物語は始まる。武谷さんとシミオナートの私的なエピソードを通じて、シミオナートのすごさ、ひいてはイタリア文化の懐の深さみたいなものを浮かび上がらせようとするノンフィクション。スーパースターならではの魅惑的なエピソードが満載で、あれよあれよとページが進んでいった。
 最初にファンレターを送った小さな勇気と、その小さな勇気を生むだけの大きな感動を与えたシミオナート。後者は誰にでもできることではないので、せめてここぞという機会に前者くらいの小さな勇気を振り絞れるようであれたらいいな、と思う。

 武谷さんの『イタリア覗きめがね』という本を以前に読んだことがあった。これも私的エピソードの断片からイタリアというかシチリア文化を繙くような中身の本なのだけれど、僕の主たる興味は、著者本人が被害のまっただ中に身を置くこととなった阪神淡路大震災の復興にまつわる物語と、文豪・谷崎潤一郎が細雪を書いた庵の保存問題を綴った部分にあった。海へ山へと積極的に都市開発を進め、株式会社神戸市役所などと揶揄されたり羨望されたりしていた神戸の街づくりが議論の俎上に上がっていたのを、とても興味深く読んだ。もちろん、シミオナートとのエピソードを含むイタリアの話もおもしろかった。その印象が僕のなかにあったので、書店の片隅に1冊あった『カルメンの白いスカーフ』にも目が留まったのだった。

 この本を読んでがぜん興味が湧いてきた『カヴァレリア・ルスティカーナ』は、全曲で1時間半にも満たない1幕ものの短いオペラ。シチリアを舞台にした愛憎劇。思いがけず聴き覚えのある旋律もあったりして、南国の濃いパッションに包まれた劇的な作品だった。シミオナートは血を吐かんばかりの激唱だった。テノールのマリオ・デル・モナコとの二重唱など、どちらも血の気の濃いというか、情熱的な歌声。こんなのをナマで聴いたら卒倒しそうだよ。

 来年は、武谷さんをはじめ数多くの日本人の心を捉えたイタリア歌劇団の初来日公演から50年に当たるのだそう。武谷さんはシミオナートの来日に対する期待でこの本を結んでいるが、もしそんな展開になったら、何だかとても素敵なことだと思う。
by mono_mono_14 | 2005-12-19 23:59 | 伊/italia | Comments(0)

13人の写真家に学ぶ

 ずいぶん前に「In-between」という写真集のシリーズを取り上げたが、それがめでたく(?)完結した。シリーズ最後のオマケ本みたいな「13人の写真家 25カ国」という1冊は、ブログに掲載する写真に思案しているくらいの写真愛好家(と呼べるのか?)には、店頭でページを繰ってみるくらいの価値はあるんじゃないか、と、当該レベルの僕は思う。ヨーロッパ25カ国を13分冊で収めるシリーズの、いわばボーナストラックを合冊したような1冊だ。
 本編に相当する13分冊は写真家×担当国という編集だが、この1冊はそれが一緒くたになっているので、違う視点から編集されている。モティーフごとに整理されているのだ。「石・壁(Pietre e Muri)」「言葉(Parole)」「人(Gente)」「食(Cibo)」「朝と夜(Mattina e Sera)」「印象に残ったもの(Immagini Memorabili)」という6カテゴリ。カテゴリが各国語で紹介されていたのでイタリア語だけ抜き出してみた。
 観光ガイドみたいなフォトジェニックな風景ばかりではないけれど、場面の切り取り方にもマネしてみたいものがあるし、このカテゴリ自体も触発的。僕は、今のところ、写真にディープに入り込んでいこうというつもりはないのだけれど、それでも、もう少しうまくなれたらいいなと思うし、あれこれ楽しみたいと思っている。そういう意味では、マネび甲斐のある1冊な気がする。2,200円(税別)。
by mono_mono_14 | 2005-12-19 03:41 | 文/cultura | Comments(0)

サンパウロ戴冠〜トヨタカップ(その6)

 これまでのトヨタカップと同様に、このタイトルを心から望んでいた(と思う)南米王者のサンパウロが接戦を制した。
 決勝点はオフサイドと判定されてもおかしくないゴールだったし(スローをよく見ればオフサイドはないと思う)、オフサイドと判定されて無効となったリバプールのゴールも認められてもおかしくないものだった(同じくスローを見る限り、ポンゴルのゴールに至る流れはオンサイドだったように見えた)。ラインズマンはやりたくないよなぁ。
 試合終了と同時にピッチに座り込んでしまったジェラードの姿が印象的だった。その後もずっと失意の表情だった。グラウンドコートを羽織ることもなく半袖のユニフォームのまま表彰式を迎えていた。こんな大会かったるくてやってらんないよ、と思っていたわけではない、ということが表れていた。それでもトヨタカップは、南米が勝ち取るといいなと思ってしまうカップではある。「一番」のはちまきを締めながら潤んだ瞳でインタビューに応じるアモローゾなんかを見るにつけ、やっぱりそう思ってしまう。

 3位決定戦は、僕がささやかな義理があって肩入れしているサプリッサが勝った。後半の終盤に逆転するドラマティックな展開だったけれど、決勝戦と比較すると緩い試合だったと言わざるを得ない。やっぱり欧州と南米が2強で、他大陸がずいぶん遅れて後を追いかける構図なことが、これまでのトヨタカップ以上にくっきりと浮かび上がった気もするけれど、だからこそ、この大会が拡大されたことは、アジアやアフリカや北中米やオセアニアにとって意義があるんだな、ということを感じた。しかも、1試合勝ったらもう2試合戦うことができるんだから、なかなかに得難い機会だ。欧州や南米の強豪の皆さんには申しわけないけれど、今しばらくこの方式におつきあいいただければ嬉しい限り。そしてJクラブがアジア王者として登場せんことを願う(なお、開催国枠というのはあまりにナンセンスだと思う。ヨーロッパで開催されるなら別だけど)。
by mono_mono_14 | 2005-12-18 23:59 | 蹴/calcio | Comments(0)

セウ・ジョルジ、デヴィッド・ボウイを歌う

 久しぶりにCD屋さんをのんびり覗く。ジュリエッタ・シミオナートの『カヴァレリア・ルスティカーナ』を買いに行ったのだけど、他にもいろいろ見つけてしまった。

 出色はセウ・ジョルジの新譜『The Life Aquatic』。デヴィッド・ボウイの楽曲を生ギター1本でポルトガル語で歌っている。残念ながら(?)、僕はデヴィッド・ボウイをほとんど聴いていない。だから、オリジナルとの比較というカヴァーならではの楽しみを手に入れ損ねている。それでも無問題。何かの映画のサントラ絡みのようだけれど詳細は不明。それでも無問題。とてもカッコイイ仕上がりだから。セウ・ジョルジの声は重く深く、ボウイとは全く違うようでいて、聴いているうちに、僕がかろうじて知っているなけなしのボウイのイメージと重なって聴こえたりすることもあったりした。そして、生ギターのパフォーマンスがとてもシビレるのであった。おーギター弾きてー、ってほとんど弾けないんだけど。ボウイのメッセージが記されていたから、ボウイ本人も歓迎している作品なんだと思う。

 その他には、テテのライブ盤『Par Monts & Vallons』、ブラジルのジャック・ジョンソンとの惹句があったPierre Aderneの『Casa de Praia』を発見、購入。前者は聴かずもがなの1枚で、発見というようなものではない。12月に出ると聞いていたのをすっかり失念していた。後者は、発見と言っていいかな。ジャック・ジョンソンの方が洗練された聴きやすい音楽に仕上がっていると思うけれど、ココロを海へと誘う曲調はなかなかのもの。お手軽なコンピのブラジルものとはひと味違うリラックス。Bossa Cuca Novaが絡んだ曲なんかも入ってる。のんびりまったり派のアナタに。
by mono_mono_14 | 2005-12-18 23:59 | 音/musica | Comments(0)

『ドイツ写真の現在』

 杉本博司を特集したBRUTUSでホンマタカシが「必修」と言い切った写真展『ドイツ写真の現在 かわりゆく「現実」と向かいあうために』を観た。例によって超会期末。
 ベルント&ヒラ・ベッヒャーによるモノクロームの写真が素晴らしかった。炭坑の採掘塔や砂利工場などの産業のための構造物の写真たちなのだけれど、野又穫のドローイングのようだった。同じような写真を集める「タイポロジー」という表現のアプローチも興味深かった。近代産業遺構を再評価する動きが広く見られるようになってきているけれど、「無名の彫刻」と称する彼らの視点は、それとはまた違うものであるような感じを受けた。
 アンドレアス・グルスキーの大判の作品もおもしろかった。サンパウロのセー駅の積層する空間を写した写真もよかったし、ライン川を写した写真も素敵だった。緑の岸辺と流れる水面、曇り空。ミルフィーユみたいにこれらが積み重なった風景のリズムが気に入った。
 ベアテ・グーチョウが提示した風景写真も興味深かった。もっとも、これは解説なしでは感じ入るところがなかったかも知れない。変哲もない風景なのだが、これらは20〜30カ所の風景をデジタル合成した一種のコラージュなのだ。ごくごく自然でありふれた風景写真が、現実世界のどこにもない風景であるというアイロニカルな作品だ。写真はあるがままを写し取り、絵画は心の赴くままに描き得るという古き常識(?)が葬り去られている。レタッチというようなレベルでもなければ、コラージュ作品でもないのだ。写真にとってデジタルというのは本当に革命的な出来事だったのではないかと思う。
 その他の作家の作品では、ポートレートが多かったのだが、それらが醸し出す雰囲気は恐怖や不安や狂気だった。病んでる、僕からすればそう思うようなポートレートだった。いくつかの作品のモティーフになっていたのだけれど、ナチスと東西分裂はドイツにとってものすごく大きな傷を与えているんじゃないか、そう思った。でも、もしそうだとすれば、傷つきながらも自らの忌まわしい過去と真摯に対峙しているということかも知れず、日本も同じような「病み方」を示してもいいのかも知れないはずなんだよなぁ、ということも考えさせられた。いわゆる靖国問題とかすらピンと来ない僕には、ドイツの写真家たちが表現しようという内的世界を理解することなど、到底かなわないのかも知れない。
by mono_mono_14 | 2005-12-17 23:59 | 文/cultura | Comments(0)

カズのための1戦〜トヨタカップ(その5)

 カズは90分間、ひたすらに前を向いてプレーし続けたが、ゴールは生まれなかった。最下位決定戦にふさわしい(?)レベルの高くない試合だった印象は否めないが、よりモティベーションの高かったと思われるシドニーが勝利をもぎとった。カズはキレキレのコンディションのようだったが、ゴールに向かってボールを持った時には、残念ながら仕事らしい仕事はできなかったように思う。ドリブルがうまく自分の間合いにならなかったような感じ。一抹の寂しさあり。ひとり抜いてシュートを放つところが観たかったな。
 スタジアムの雰囲気的にはカズのための試合になってしまったが、カズがいなかったら今日のスタジアムにどれくらいの観客が足を運んだだろうか。興行的には不要な(と言うかペイしなさそうな)1戦っぽい。出場チームにとっては貴重なチャレンジであることは間違いないにしても。
 それにしても、たった1ヶ月であそこまでチームに受け入れられ、リスぺクトされていることに、ちょっとした感動を覚えた。試合後に肩車なんかされちゃって。プロサッカー選手として到達できるある種の頂点に、確かにカズは立っているんだなと思った。いいチームでのいい1ヶ月だったんだと思う。しかし、シドニーはチームのレベルとして決して高くないと思う。J2より低いとまで言うつもりはないけれど、それでもJ1昇格を目指して横浜FC(か東京ヴェルディ?)でシーズンを戦う方がチャレンジングなような気がする。
by mono_mono_14 | 2005-12-16 23:59 | 蹴/calcio | Comments(2)

貫禄勝ち〜トヨタカップ(その4)

 おそらく今大会で最も注目されているチームがリバプールなんだろうと思う。満を持して登場。試合運びは、早々に先制点を挙げたこともあり、圧倒的と言うよりは省エネ的にクレバーだったなという感じも受けたのだけど、まあ貫禄勝ち。しかし、ささやかな義理があって肩入れしてみたサプリッサは、見事なまでに自失した戦いっぷりになってしまった。悔いが残りそう。ワールドカップ決勝の舞台となったスタジアムで欧州王者と世界大会を戦うというのは、それほどまでに重みがあるのか。今日のリバプールのプレーは、正直なところ可もなく不可もなくという感じだったけれど、サプリッサのこの萎縮っぷりがリバプールの格を浮き上がらせたように思う。
 ジェラードのボレーは冗談のように美しかった。どんなへたっぴサッカー小僧でも、シュート練習でああいうボレーが炸裂して自分でもびっくり、みたいな経験はあると思う。左から来たセンタリングを肩越しに見やりながら待って待ってもう一息待って右足を振り抜きジャストミートした時の快感は、ちょっと筆舌に尽くせぬ悶絶モノだ(遠い目をしてよだれを垂らしている)。そんな官能的なボレーだった。しかも、右足アウトで切っていたけれど、やっぱり狙ってたのかな。どれくらいはっきりボールが見えてたら、そんなオシャレなことができるんだろう。アロンソのボールの散らし加減も素晴らしかった。つまるところ、欧州王者はダテではなかった、なんていうクリシェを書いておこう。しかし、ホントだったら(という言い方はまったく正しくないのだが)、ここにはミランが来ていたはずだったのになぁぁぁ。そしたら、寒波にめげず寝込みそうなほど着込んでスタジアムに行ったのになぁぁぁ。
 ともあれ、これで、大方の期待通り(?)、欧州と南米が対峙する決勝となった。滞日期間が長い分、従来のトヨタ・カップよりもいいコンディションで試合に臨めるのかも知れない。いい試合になりますように。
by mono_mono_14 | 2005-12-15 23:59 | 蹴/calcio | Comments(0)