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猫は犬ではない・・・

 思いがけずに「CATS」なんていうミュージカルを観に行くことになった。五反田と大崎の中間に唐突気味にある専用劇場は、コンパクトで臨場感のあるなかなか面白いハコだった。座席間も割とゆったりしていたし。
 肝心のミュージカルの方は、ストーリーのキモが今ひとつわからず。と言うかストーリー自体もよくわからなかったのだけれど。エンディングの大合唱の主題は「猫は犬にあらず」。ずしんと受け止めた・・・ってどうしろというのか、この歌を聴いて。三大テノールがカラカラ浴場で奇跡の競演をした時にも取り上げられた「メモリー」は、やけに唐突に歌われてびっくり。全体にわたってダンスというかアクターのカラダのキレがすごかったのにはアプローズ。バレエっぽい躍動感にあふれていた。つまり、ブルースブラザースみたいに、ストーリーはともかく場面ごとのパフォーマンスを楽しんでよ、というエンターテイメントなんだろうか。捉えどころのピンと来ない作品だったけれど、客席から判断するに非常に幅広い客層に支持されているようで、これにもびっくり。それにずいぶんとロングランだよなあ。なんだかフシギだ。
 結論。いろいろびっくり。
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by mono_mono_14 | 2005-10-29 23:59 | 芸/arte | Comments(0)

三役揃い踏み

 唐突にもほどがあるけれど、ラー油、大好き。愛用しているのは飯田橋のスーパーで見つけた「ビリッとくるぜ ごまらぁ油」(このネーミングはどうよ?)という、京都のラー油。ぷかりと浮いた唐辛子が超素敵。美味。超美味。京都は七味も美味しい(美味しいはヘンか)。カラい土地柄なんだろうか。僕の贔屓は原了郭の「黒七味」。今、切らしていて寂しい。通販できるけど、ほんとは買い出しに行きたい。
b0018597_16381844.jpg さておきラー油である。ラー油も切らしてしまったため、飯田橋に立ち寄ったついでに買い出し。いつもの「ビリッと〜」を買うつもりで売場まで赴いたのだが、ところが今日のラー油のラインナップがすごかった。三浦屋の棚で眩暈がするようなめくるめくラー油ワールドが繰り広げられている。とても見過ごせない。・・・と言うわけでラー油3種お買いあげ。冷静に考えればアホだな。
 いずれのラー油もなかなかの佇まいを披露している。コロンとしたラブリーなビンに収められた「黒ごまらぁ油」。島唐辛子を浮かべたその姿は、おそらく見かけのかわいらしさからは思いも寄らないシャープなキレ味を秘めているに違いない。そして、ただ者ではない風情を醸し出しているのが「石垣島ラー油」だ。天蓋をかぶった虚無僧のようななりをしている。そしてビンの半分は刻んだ唐辛子その他の香辛料だ。すげぇ。何かのおりに「どっちの料理ショー」で紹介されたりしたらしい。
 ・・・ま、こんなにラー油を取り揃えたところで、使い道はと言えば、冷凍餃子のお供にするくらいのことなんですけどね、はい。

三役プロフィール
*ビリッとくるぜ ごまらぁ油(山田製油:京都府京都市)
 ごま油/唐辛子/桂皮/陳皮/山椒/八角/生姜/ねぎ
*黒ごまらぁ油(鹿北製油:鹿児島県菱刈町)
 黒ごま油/島唐辛子/生姜/にんにく/ねぎ/がじゅつ
*石垣島ラー油(ペンギン食堂:沖縄県石垣市)
 島唐辛子/唐辛子/春ウコン/秋ウコン/ピパーテ/石垣の塩/にんにく/白ごま/黒豆/山椒/黒糖/植物油

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by mono_mono_14 | 2005-10-29 23:59 | 味/buono | Comments(0)

玉内公一写真展@ポートレートギャラリー

 四ッ谷駅の方から三栄通りに入って割とすぐのところに写真展示のギャラリーがある。日本写真文化協会の「ポートレートギャラリー」。僕的には文鳥堂には遙かに及ばない新刊書店と同じビルの5階。と言うか、あのビルは日本写真会館というのか、知らなかった。これまでにも何かの展示をやっているポスターが出ているのは何度も見かけていたのだけれど、入ったことはなかった。
 遅い昼食を終え、他に選択肢がなくなってしまったのでその新刊書店を覗き(というのはひどい言いぐさだ、以前から立ち寄ってはいたのだから)、表に出たところで、展示のポスターが目に留まった。玉内公一写真展。『採集・異景#1』というタイトルらしい。雨に打たれる畑(なんだろう、サトウキビとかトウモロコシとかそういう背丈の作物が植わった畑だ)のモノクローム。しばし迷った末に、このギャラリーを初めて覗いてみることにした。

 幸か不幸か作家本人は不在で、あまり無用に緊張することなく作品を鑑賞できた。どこかの風景をモノクロームで切り取った写真ばかりだから、どれも興味深く観ることができる。場所は日本だったりヨーロッパだったりいろいろで、石造りの建物だったり朽ちかけた木造家屋だったり木立と水面だったり切り取られている風景もいろいろ。
 色を失ったことによって浮かび上がってくる何かがある。自分の目が見る文字通りの総天然色の風景と、それを切り取ってインクジェットで出力したモノクロの写真との、思いがけないほどの大きな隔たりを自覚できないと、つまり、モノクロ後の世界を想像できないと、とてもシャッターを切ろうと思わないような、何てことのない風景。モノクロームもいいよなぁと改めて思わされた。

 ほとんどがデジカメ写真のインクジェットプリンタ出力だという。インクジェットでもこんなに繊細にモノクロを表現できるんだな。毎年の年賀状くらいにしか活躍の場が与えられない我が家のインクジェットプリンタも、そんな能力を秘めているんだろうか。実はふてくされてたりするのかも知れない。もう少し活躍の場を与えますか。

 写真展を覗く前に立ち寄った本屋で買い求めたイタリア絡みの2冊の新書『「絵になる」まちをつくる イタリアに学ぶ都市再生』、『ジャーナリズムとしてのパパラッチ イタリア人の正義感』については、また機会を改めてそのうちに。
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by mono_mono_14 | 2005-10-28 19:46 | 文/cultura | Comments(2)

ローマ風ピッツァの夕べ

Mi sono mangiato una pizza con le mie amiche alla pizzeria chiamata "Il Pentito" a Yoyogi dove si mangia una pizza romana bene. Noi abbiamo ordinato un'insalata della casa, tre pizze e due bottiglie di vino rosso. Tutti piatti sono stati buonissimi. Noi ci siamo diverititi anche le foto delle vacanze in Sicilia di una dei presenti.

 友だちに誘われて代々木の『Il Pentito』というピッツェリアへ。ローマ風ピッツァの専門店だそう。こぢんまりとした店内はかなりの入り。と言うか僕らが着席して間もなく満席になってしまった。そして、そのままラストオーダーまでほぼ満席。と言うか客の顔ぶれもほとんど変わらないままだから、ほぼ無回転。繁盛は繁盛しているのだけれど、みな長っ尻なだけだとも言える。

 ひとりがシチリア旅行から帰って来たばかりというので写真をたくさん見せてもらう。街の名前を聞いたはずなのに覚えちゃいないというのはどうよ。反省。シチリアの街は建物だけでなく街全体のディテールが異常値だったな。大階段の蹴上げ部分にびっしりと色鮮やかな(マヨルカ焼の?)モザイクが埋め込まれていたりとか。あと、スナップにときおり写っている現地のあんちゃんやおっちゃんが軒並みその友だち(女性)の肩に手を回しているのもどうよ。ビバ、シチリア。

 さておき『Il Pentito』である。何でも「心を入れ替えた罪人」みたいなナゾの趣のあるコトバなんだそうだけれど由来は不明。オーナーが熱意と懇願でローマから頑固な職人に来てもらってつくったという薪窯で焼き上げる薄手のピッツァがウリ(と言うかメニューには若干の前菜を除いてほぼピッツァしかない)。
 お店オススメのサラダ(サラミとハムの上にルッコラ、その上にペコリーノ、そこにコショウを挽いてレモンを搾る、みたいな感じ)を前菜に、ピッツァ3枚(生ハムとアンチョビ、ペッパーが利いたもの、ジェノベーゼ、ナスの載ったシチリアーナ)。お供は赤ワイン2本(うろ覚えだけどペリーザとかいうバルベーラ・ダルバの1本と、友だちのシチリア旅行を記念して(?)ネーロ・ダーヴォラ(※))。美味しかった。もっとも、友だちのシチリア旅行の新鮮な思い出話とか、僕の勤務時間が社会通念に照らしてルーズすぎないかとか、そういった他愛ない話で笑ってるのがいちばん美味しいのかも知れない。
 ピッツェリアでの食事は中華とかお鍋みたいなもので、4人くらいでテーブルを囲んでるのが一番パフォーマンスが高い気がする。もっとも、イタリアでは各自がそれぞれ自分のピッツァを完食するのが一般的だと何かで読んだことがあったけど。

※ 僕の愛用教科書をぱらぱら繙いたところ、バルベーラもネーロ・ダーヴォラも飲むに値する感じだった。そこはかとなく嬉しい。興味のある方は教科書のこのページこのページをご参照あれ。
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by mono_mono_14 | 2005-10-27 23:59 | 味/buono | Comments(0)

カーリーン・アンダーソン『ソウル・プロヴィデンス』

 Wポイントだからと言って厳選もせずにCDを買うのは、H社の思うツボのような気もするけれど、よく考えれば、いつだって案外厳選せずにCDを買っているのであった。
 しばらく前にポール・ウェラー御大の新譜が出て、ミュージック・マガジンでも特集が組まれた。その中で、カーリーン・アンダーソンのインタビューもあり、彼女の新譜『Soul Providence』でもウェラー御大が活躍していることを知った。僕的には久しぶりにその名前を目にして、なんとなく小さく感慨。買ってみようと思い、ちょうど外出があった水曜日、新宿タカシマヤタイムズスクエアのH社ショップに赴いたのであった。冒頭行リプライズ。

 以前の作品を聴いたこともあり、その時にもそのようなことを感じていたのだけれど、やや端正に過ぎる感じがあるんだよなー。演奏もグルーヴも折り目正しいというか。
 しかし、である。本作ではウェラー御大とのデュエットなんぞを披露している。期待してしまう。M05「Wanna Be Where You Are」。マイケル・ジャクソンのカヴァーなんだそう。ウェラーの声は控えめ(すみませーん、ちょっと電話が遠いんですけどー。的な響き方)でキーも微妙に低くて歌いづらそうな感じも漂うのだけれど、声の枯れ具合が並じゃないぞ。リラックスした感じもいい。しかし、残念ながら曲全体の印象は鮮烈さを欠く。演奏のアレンジの問題かも知れない。ウェラーの声に合わせればもっと粗く荒いアレンジがよさげだし、今のアレンジにはもっと甘い声が合いそうだ。ウェラー信者かつ土っぽさ好きの僕としてはもちろん前者を推したい。
 その曲に至るM04「Whose Business?」の盛り上がり方はよかった。イントロのギターのうねり方とか、好きだな。サビの迫力もいいし。本作のベストトラックNo.3。ベストトラックNo.1はM07「My Door Is Open」。ファンク。カッコえ〜。どファンクみたいなアレンジになった時は、カーリーンの声の端正さが曲に洗練した感じを与えるのに役立っている感じがする。急にブルージーな演奏になって驚くのはM11「Just Like Me」。シブい。実はギターがウェラー御大なのだ。なるほど、アレンジがウェラー風味に寄ってきているんだな。道理で惹かれるわけだよ。ベストトラックNo.2。アルバムのラストを飾るM16「Onwards & Forwards」もなかなかの佳曲だ。ポジティブなヴァイブに満ちている。

 全体を通して聴いてみると、やっぱり、悪くないけれど端正過ぎる感じがして、カーリーン・アンダーソンの世界にイマイチ入り込めない僕なのであった。にも関わらず、未聴の前作『Alberta's Grand Daughter』も聴こうかな、などと迷っている。なぜならば、その作品でカーリーンはオアシスの「Don't Look Back in Anger」をカヴァーしているらしく、僕はその曲がけっこう好きなのだ。そう言えば今度の土曜日がH社のWポイントなんだよな。冒頭行リプライズ&フェイドアウト。
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by mono_mono_14 | 2005-10-26 23:59 | 音/musica | Comments(0)

スカラファッジョ・エレジーア

 久しぶりに、たぶん4〜5年ぶりくらいにスカラファッジョなんてのが現れまして。リビングの隅にあるラックの下に潜り込みやがりました。さいわい、そのラックは孤立しており、余所に動いたらその姿が確認できる状況なので、逃げ込まれる場所としてはベストでした。ずいぶん前に買った「強力ジェット噴射で逃げるヒマ与えず」みたいな緑の缶だけが頼りです。虹色に輝く微細な霧をラックの下に向けてじゃんじゃん浴びせました。
 この「リビングの隅」はニアリーイコールでキッチンの入口でして。キッチンの天井にはガス漏れ感知器というのが取りつけられております。強力ジェット噴射をこれでもかというほど噴射していたところ、突然、鳴り出しやがりましたよ、こいつが。深夜にもかかわらず。止めようと思っても止まらない。さんざん鳴った挙げ句に止まりました。これは管理センターで異常を察知したという合図です。つまり、電話がかかってくるのです。リリリ〜ン、ほらね。まだ事件は解決していないのですがやむを得ません。殺虫剤をやたらと撒きましたと伝え、この場は収めてもらいます。
 そろそろ敵の生存反応を確認しましょう。お、どうやら天に召されたようです、よかった、よかった。しかし、包んで捨てようと近寄ったところで逆襲に出るのではないかというファンタジーアを捨て去ることができないため、このただの死骸を回収し廃棄する作業もずいぶんとヤなものでした。それでも、何とか完遂しました。ふぅ。
 ラックの周りは七色の霧で輝いています。掃除しようと思ったのですが、フローリング洗剤を切らしていました。「キッチンキレイキレイ」とかいうキッチン除菌用のアルコールスプレーがあったので、とりあえずそれで代用することにしました。ラック周りを中心に除菌スプレーを吹き付けます。遠隔操作で拭き取ります。単なるクイックルワイパーですが。
 そんなことを何度かしていると、なんとまたもや感知器が鳴り出しやがりました。殺虫剤を除菌アルコールに置き換えながら2段落目を再読ください。

 ・・・こないだコンロの火がうっかり消えてた時にはウンともスンとも鳴らなかったじゃねえかよ、オマエはよ!!!
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by mono_mono_14 | 2005-10-25 23:59 | 雑/quotidiana | Comments(0)

『はじめての中沢新一。』

 コンサート以外で初めて東京国際フォーラムへ行った。『はじめての中沢新一。』。中沢新一の野望をタモリと糸井重里が応援しよう、というか相乗りしよう、というか共同戦線を張ろう、というかどういう企画だったんだろう???

 中沢新一が『アースダイバー』でやり始めている野望についての簡単なガイダンス(講演)を経て、それをネタに“生タモリ倶楽部”。・・・東京はアップ・ダウンがあり、そこに貧富(と言うか庶民とブルジョワ)の領域が曖昧な区分で入り混じっていて、都市と田舎(と言うか建て混んだ市街地とこんもりした森なんか)が共存していて、聖俗も表裏一体の体をなしていて、こんなにあれやこれやが混在している都市は、世界的に見てもユニークだ。なんでだかわかんないけどこんなふうになっているのだが、縄文時代まで潜れば、なんでだかわかってくる。縄文地図、1万年の記憶を切り口にして東京をよりよい場所に生まれ変わらさなければならない・・・。タモリ倶楽部風味に彩られつつも、語られたことはこんなことで、東京に暮らし、都市計画なんていう世界の末端に身を置いている僕としては、考えるところが少なくなかった。

 後半は、中沢新一が1時間半以上にわたりカイエ・ソバージュ全5巻を一気に語りおろすという、大胆な講義。途中、ふらっと睡魔が泳いできた時間もあったのだけれど、何とも熱い講義だった。全体性を全体のまま取りだそうとするのが神話であり芸術であること、社会のいろいろな関係を「贈与」という概念から捉え直さないとマズそうなこと、それがいちばんできそうなのは日本人であること、そこに中沢新一が賭けたいと思っていること、それに対して糸井重里やタモリが感嘆しつつ賛同していること。今、コトバにできる感想はこんなところなのだけれど、聴きながら「「贈与の都市計画」は成立するか」「土地の記憶」とメモ書きしている。この先はコトバになっていない。ひとりで悶々と追うしかないわけだが、それはそれで楽しそうではある。

 中沢は多摩美大に「芸術人類学研究所」を創設し、新しい学問の地平を切り拓こうとしているらしい。サンタフェ研究所みたいにしたいのだそう。僕の中では、まだまだ“野生の思考”や“神話”ということが像をうまく結ばないけれど、とりあえずカイエ・ソバージュ全5巻をがしがし読むように努めたい(つか読むと言わんか)。

 すんごいオミヤゲをもらった。「終電のご案内」で始まる風変わりなレジュメ集『芸術人類学とは何か』。カラーフィルムをオーバーレイするという手の込んだ『TOKYO EARTH DIVING MAP』。糸井重里と中沢新一が東京をダイブした様子を収めた60分のDVD。レジュメ集はパラパラとしか読んでいないし、DVDはまだ開封すらしていないのだけれど、いずれも追って感想(あるいは第2弾)を書こうと思う。

 気になったことと言えば、MCの内容と口調に楽屋オチっぽいと言うか、僕の苦手な仲良し共同体っぽいニュアンスがあったこと。説明は難しいけれど、ヤなニュアンスを帯びてたな。軽く引いた。
 気がついたことと言えば、大きな声で「ありがとうございました」と言えば、イベントはきちんと閉幕らしい感じが出ること。タモリの「ありがとうございました」はキレがあってスゴかった。
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by mono_mono_14 | 2005-10-24 23:59 | 文/cultura | Comments(0)

Ty Nant:水の形をした水

b0018597_13451735.jpg たまたま立ち寄ったスーパーで風変わりなペットボトルを見つけ、つい購入。高い。ただのミネラル・ウォーターなのに。と言っても260円。偶然買うオミヤゲ的な1本としてはアクセプタブル。デイリーユースに買う気にはもちろんなれない。来客でもあれば考えなくもない。
 ティナントというイギリス(ウェールズ)の水。ガラスの彫刻か融け始めた氷塊みたいなペットボトル。この偶然みたいな形を決定して量産しているのかと思うと少しおかしい。思いのほか手に馴染んで持ちやすいボトルなのであった。水の味はシンプルでまろやか。裏漉ししたみたいな柔らかさとまろやかさがあった。水の裏漉しってヘンだけど。
 実は、以前に『デザインの原形』という本で見たことがあった。確証はなかったのだけれど、売場でボトルを目にした時に、あ、これはあのボトルじゃないか? とアタマをよぎった。家で確認してみたら、やはりそうだった。デザイナーはロス・ラブグローブ。と名前を引き写しておいたけれど、ほとんど知らない。ペットボトルの形状としてはとても原形とは思えないけれど、水そのものがボトル化されたようなデザインという意味で原形に選んだそうな。何となく「ものは言いよう」感は残るけれど、水を容れるペットボトルを1つ選ぶ、と考えてみた時にはこのボトルに到達するのもわからないでもない(って本当か?)。
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by mono_mono_14 | 2005-10-23 23:59 | 文/cultura | Comments(0)

カタランバー「バニュルス」

b0018597_13422444.jpg 5時間ほどの休日出社を経てから銀座で飲む。カタランバー「バニュルス」。行ってみたかったんだよ、この店。先頃のワイン特集のBRUTUSでもガツンとフィーチャーされていた。スペイン(カタルーニャ)の飲み屋をイメージしたそう。1階がタパスをつまみながらの立ち飲み、2階がレストラン。1階はすごい客入り。そりゃ、スペインの美味しい小皿料理(タパス)が500円均一でカバからワインからお手頃価格のグラスで飲める。混むはずだわ。2階へ。25人くらいで満杯になりそうなこぢんまりとしたフロア。アラカルトで適当に頼む。前菜を多めにしてメインとパエリアを少し。カバに始まり白、赤とグラスワインをいろいろもらう。
 結論。通うべし。マジ美味い。イベリコ豚の炭火焼き、サイコー! つけあわせの豆の煮たヤツ、サイコー! パエリアも食べたことない味わい。みみっちく各種もらったグラスワインも美味。今度は1階で飲んだくれたい。ポロンとかいう器を使って現地のバルっぽい飲み方をさせてくれるらしいのだけれど、それには挑戦できずに終わった。ヤカンから麦茶を飲む感じに近い(ちょっと違うか)。野郎同士の絆が強まりそうな飲み方ではある。今度は挑戦してみたい。いつの日か、バルセロナに赴く日に備えてここで予習を重ねたい(意味あるかは不明)。
 繰り返す。まじ美味い。通うべし。女性だけの客も多いから、誰しも臆さず通うべし。そしたらますます混むだけなんだけどね。ロナウジーニョにも教えてあげたい(彼はカタランではないけどね)。
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by mono_mono_14 | 2005-10-22 23:59 | 味/buono | Comments(2)

隆慶一郎『吉原御免状』

 劇団☆新感線の舞台を観て、その原作である同名の小説を読んだ。隆慶一郎『吉原御免状』。いや、おもしろかった。僕は、歴史小説を読むことがほとんどないのだけれど、おもしろかった。勇壮で妖艶で悲哀に満ちた物語だった。

 舞台を先に観ているので、舞台との違い、登場人物と配役のことなど、いろいろ余計な(?)ことを思い巡らせながら読むことになったけど、それもまた興味深い経験だった。原作を先に読むのとどちらがいいだろう? もし選べるのであれば、原作を後に読む方がいいんじゃないか。少なくともこの本と舞台に限って言えば、そんな気がした。しかし、不満と言うか、歯がゆい思いは残る。本を読んでおもしろかった箇所が、どのように脚本・演出されていたかをチェックしたいというキブンがとても高まってしまったのだ。本ではものすごく重要な役回りを演じていた高尾太夫とおしゃぶの舞台での印象があまり残っていないのがなぜなのか。それを辿り直してみたくてたまらなくなってしまった。舞台を観て、原作を読んで、もう一度舞台を観る。これが理想だな。DVD化を待とう。ちなみに、舞台でもおぞましかった裏切り者のリンチの場面は、本を読んでもおぞましかった。と言うか舞台では再現不能なほどのいっそうの凄惨さで描写されていた(慄)。

 読んだ本や読みかけの本の中身と軌道を重ねてくるところも興味深かった。無縁や公界を論じた網野善彦。江戸をトポロジカルに読み直している陣内秀信。江戸を数千年遡る大冒険に乗り出した中沢新一(網野の甥でもある)。今度の月曜日に中沢新一(とタモリと糸井重里)の話を聴く予定というのも、なかなかに縁なタイミング。
 塩野七生も思い出した。塩野七生は膨大な史実の猛烈な探求を踏まえた上で、登場人物の心情や史実には残っていない条件を推察しながら、歴史物語を紡いでいる。隆慶一郎もさまざまな史実を当たりながら、ここ一番で(カレー屋ではない)創作を組み合わせている。史実間をさもありそうな推察でつなぐかさもありそうな創作でつなぐかの違いがあるだけで(スタンスとしてはものすごく大きな違いではあるが)、文章が醸し出す雰囲気が近づくのも道理かなあと思う。歴史物を楽しむ最初のコツに気づいたような錯覚があるかも知れない(なんじゃそりゃ)。

 この本で、いちばん惹かれたのは、吉原が営業開始を告げる合図だという「みせすががき」だ。決して営業開始に惹かれたのではないぞ。灯りの入った店という店が一斉に同じメロディを三味線で奏でるのだという。今の東京からは想像もできないくらい暗かっただろう江戸の夕暮れに遊郭の灯りが煌めき、華やいだなかにどこか物憂げな色を残すメロディが響く。五感に沁みる景のような気がする。あぁ営業開始だと思わず大門をくぐってしまうかも知れない(オチてる?)。
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by mono_mono_14 | 2005-10-22 17:04 | 本/libro | Comments(0)