Adriana Calcanhotto『Maritmo』

 つい先頃来日したマリーザ・モンチのライブは予想だの期待だのに違わずものすごく素晴らしかった模様だが、たぶん、じきに来日するアドリアーナ・カルカニョットのライブもきっと素晴らしいことだろうと思う。僕自身は、マリーザ・モンチの公演を見送ったのと同様に、アドリアーナ・カルカニョットのライブも見送るだろうと思う。そういう時期なのだ。
 しかし、来日公演に合わせてCDが再プレスされたり、店頭での品揃えが充実したりするのはありがたく、公演は見送るのだとしても、アドリアーナの昔のアルバムを1つ2つ手にしてみるくらいのことはしてしまったうちの1枚、『MARITMO』。海をテーマにしただの、これまでのキャリアでの最高傑作だの、そんな感じの惹句によろめいた、といういささか恥ずかしい真相はさておき、いや、なかなかよい。
 トンガり加減とベタさがお互いほのかに混じり合ったアレンジと味わい深い声。まあ、あの国では、ものすごく多くの女性アーティストがごくごく当たり前のように味わい深い声で歌うので、味わい深い声は特筆に値しないことのような気がしてしまうが、それは単なるうっかりであって、やはり味わい深い声の魅力は特筆に値する味わいなわけなのだ。くどいな、ここ。

 オープニングの「Parangole Pamplona」のイントロがちょっとウェラー風味で、それだけで僕的にはもうオッケーだ。続く「Maritmo」は、海っぽいニュアンスのある心地よい曲。「Vambora」のピアノはスタカン時代のミック・タルボットのようだ。オサレ路線ってことだな。穏やかなまどろみのよう。ドリヴァル・カイミとの共演だという「Quem Vem Pra Beira Do Mar」は、シゴトのことをみじんも思い出さなくて構わない午後のビーチに連れ出してくれる。ギター1本の伴奏に乗せたデュエット。和む。「女カエターノ」の称号(?)を持つというのが何となく頷けるパフォーマンスの「Mao E Luna」、心持ちエッジの立ったクラビィなアレンジの「Pista De Danca」、カエターノをサンプリングした(と思われる)「Vamos Comer Caetano」といった実験的、野心的なナンバーを挟み、「Mais Feliz」。ベベウ・ジルベルトの手になる佳曲。夜の気配を漂わせながら歌う。「Asas」に続いて、前のめりなポップ感が弾ける「Dancando」。伴奏は必ずしも僕の好みではないけれど、このボーカルは僕的ハイライトトラックと言ってもよい。インストの「A Cidade」、なぜか泣きのギター(どことなくゲイリー・ムーア調)が炸裂したりする「Por Isso Eu Corro Demais」、ジャジーな「Cancao Por Acaso」と続き、エンディングは「Cariocas -Remix 96」。微笑ましい陽気さとスタカン風味のブラスにまったり。
 僕が手にした3枚目のアドリアーナ・カルカニョットは、思った以上に多彩な音が詰まった興味深い世界だった(ちなみに1枚目は「Cantada」、2枚目は「Publico」)。それにしても、またもやCDケースのヒンジ部分が破損していたのだけれど、これは僕の開封技術が稚拙なんですか。ヒンジが壊れたCDケースは、もはやケースの用をなさなくて困るんですが。
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by mono_mono_14 | 2007-07-03 21:52 | 音/musica | Comments(0)
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