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川上弘美『真鶴』

 川上弘美の新刊『真鶴』を読む。
b0018597_1651579.jpg しばらく前に書店の店頭で面出しされているのを見かけ、その装丁の素晴らしさに思わずレジへと持って行きそうになったのだが、特段の意味もなくその時はなぜだか購入を見合わせた。1週間ほどののち、同じ場所で朱色で大書きされた「真鶴」の文字にやはり同じように惹きつけられ、その時はさしたる躊躇もなくレジへと運んでいった。この小説を織りなす欠くべからぬ糸になぞらえて言えば「つかれていた」のかも知れない。いや、そんなことは全くないのだけど。ともあれ、買わなくても読まなくてもいいので、書店の店頭で「真鶴」と書かれた朱色の美しい明朝体を愛でてほしい。白いケースから本体をそうっと抜き出し、表紙から背表紙、裏表紙へと続く絵が放つニュアンスを感じ取ってほしい。僕的には半ばジャケ買いの1冊なのだ。

 なぜ、舞台に真鶴が選ばれたのだろう。もし、これが「大磯」とか「熱海」とか「下田」とか書かれていたら、僕の関心をここまで惹かなかったに違いない。読むに値する作家なのだろうという認識はあるものの、今のところ川上弘美の熱心な読者というわけではまったくない僕は、川上弘美と名の入った新刊書ならばいそいそと財布のひもを緩めてしまうということもない。それにもかかわらず手に取ったのは、装丁も魅力的だったが、やはり「真鶴」という地名が決定的だったのだと思う。この真鶴はあの真鶴の真鶴かなと、言葉にすればややこしいが実際はごくごくシンプルな疑問を確認するために、ページをぱらぱらと繰ってしまったほどだ。しかし、それほどの強い思いを真鶴という地に抱いているのかと問われれば、実はさほどでもないんだよね、と答えることになるだろう。

b0018597_16513547.jpg 真鶴を訪れた機会はせいぜい片手で数えられるほどだ。いちばん最初は、学生の終わり頃だった。他学との合同ゼミ合宿などという試みがあり、その時に泊まったのが、いきさつは不明ながら真鶴の民宿だった。夕飯の食卓には、その日に獲れたという地魚の刺身が並んだ。僕はこの時の夕食で初めてカワハギの刺身を食べ、ものすごく美味しいことに強烈な感動を覚えた。よく言えばスロースターター揃いだった僕のゼミは、合同ゼミでの研究経過報告では軒並み惨敗を喫し、新鮮な刺身だけでなく痛い思いも味わったのだが、そんなことはこうして無理に思い出そうとするから辿れる記憶であって、真鶴と言えば僕に思い浮かぶのは鮮烈に美味しかったカワハギの刺身のことなのだった。
 その後、箱根だか湯河原だかに行ったついでに、旅行ガイドか何かで目に留まった真鶴駅前のお寿司屋さんで「地物握り」を食べた。この時もキモを添えられたカワハギが登場し、カワハギは真鶴の味なんだなということを確信した。他には、確かアジ、イサキ、イセエビが握られていたんじゃなかったかと記憶する。
 港から出る遊覧船にも乗った。ちょっと沖合まで出て戻ってくるだけの、変化に乏しいコースだが、海を渡る湿った潮風は心地よく、そして、港に戻る時に望む真鶴の街、狭い斜面にへばりつく屋根と緑の木々、うねる山のシルエットにとても風情がある。決して美しいわけではないが何とも魅力的な眺めに映る。


 東京と真鶴を往復しながら、夢と現を往還しながら、愛と憎しみを揺れ動きながら、存在と不在を移ろいながら、母と娘を入れ替わりながら、自身と他者をないまぜにしながら、生と死を縫い合わせながら、心にどうにもつかえたままの理不尽な衝撃を、不条理な異物のまま、しかし異物ではなく自分の一部として受け容れながら生きていくことにする、そう決めた、決められるようになった。・・・そういう物語だと思ったのだが、女性が書く女性の心の物語は、僕の理解を鴎か鳶のように飛び超えていくことがままあるので、この『真鶴』でも味わい深いキモの部分を食べ損ねているかも知れない。
 こんな頼りない読み手ではあるけれど、次のことくらいは確かに読み取れていると思う。それは、作家(小説家)の書く文章はやはりとてつもない、ということだ。すぐれた作曲家のメロディのように、すぐれた画家の色彩のように、すぐれた小説家が紡ぐ言葉には、人の魂を揺さぶる力に満ちている。すべての言葉の研ぎ澄まされ方がものすごい。そのことには小説を読んだ時にだけ気づく。エッセイやノンフィクションを楽しんでいる時には、そういうことを意識しない。エッセイだってルポだって、書いた人が表現を練っているだろうことは容易に察しがつくが、長編小説はやはり次元が違うのだと思う。もっと長編小説を読むようにしよう。

 写真は、天気に今ひとつ恵まれなかったある夏の真鶴。海に突き出た斜面の街だ。海の方から眺める街の風情は、南イタリアとかに通ずるものがあるんじゃないか、などと、恥ずかしながら南イタリアを未訪のくせに思う。お寿司は真鶴駅のほど近くで食べたこの日の地物握り。いろいろな鯛たち。すべてナントカ鯛だけど、食べているそばから忘れ去りそうだった。当然、今から辿れるはずもなく。
by mono_mono_14 | 2006-11-05 16:55 | 本/libro | Comments(2)
Commented by mariko at 2006-11-05 23:45 x
真鶴にやっかいな現場をかかえているらしい私の彼は、あの表紙を見て「嫌な題名だ…」とつぶやいていましたが…人によって反応は様々ですね(笑
そういえば「犬と鬼」読み始めましたよー
うーん…胸が苦しい…!
Commented by mono_mono_14 at 2006-11-06 12:21
>>marikoさん
彼氏の反応は根拠明快で極めて正しい反応です(笑)。僕の反応は風変わりだと思います、自分でも。だって、あんまり根拠がないですから。

「犬と鬼」、おもしろいですか? 読んでもらえて嬉しいです。「犬」をつくるアーキテクトを目指してくださいねー(笑)。
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