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七福神めぐり

 日本人の皆さんへ問題です。はい。問:七福神を全て挙げ漢字で記してください。答:・・・大黒様とか?
 過日、ひょんなことから「日本橋七福神巡り」など、してみた。その記録。最近、日本だとか歴史だとか風習だとかが気になったりするわけで。ふふん、なるほど、オレも人間的な深みが溢れ出ようとしているのだな、などと思い込む。読者諸兄ご賢察の通り、単に加齢臭が滲み出ようとしているのかも知れないのだな。嗅いでみます? ・・・どんな枕だ。



 そうですか、嗅がれますか...。
 メトロ半蔵門線水天宮前駅から地上にはい上がり、アバウトなルートマップを片手にいざ出陣。以下、辿った順に記す。
 あ、あらかじめ注記しておくことが。これを書こうとして気づいたのだが、七福神を奉った神社を巡っただけで、七福神そのものをほとんど拝んでいなかった。おぉ、ただの神社巡りだ。致命的か。それでも嗅いでみる人は以下を。

b0018597_19213977.jpg(い)松島神社[大黒天]
 ビルの1階を占める都会派スタイリッシュ神社。いや、スタイリッシュとは真逆だ。鳥居をくぐり歩を進めるといかにも神社然とした佇まい。実にキッチュ。だが、やはり「それらしい」ことが大事なのだ。何ごとにつけ形から入ること(それらしく仕上がっていること)の重要性(と「らしさ」の限界)を教えてくれる。


b0018597_19223058.jpg(ろ)末廣神社[毘沙門天]
 ビルの谷間の癒し系神社。時間のひだが折りたたまれた鳥居、敷石。窮屈な境内ながらも緑もきれい。やはり相応の時間を耐えた自然素材(木とか石とか)が街に放つ精気ってあるなと思う(ヨーロッパでは建物がこれを放っていたりする)。街なかの心地よい余白の創り方として見ても学ぶところがあると思う。


b0018597_1923169.jpg(は)笠間稲荷神社[寿老人]
 街かどの住民交流スポット神社。いや、公民館みたいな感じで建ってるなと思っただけ。ビルに囲まれながらも、ウサギ小屋戸建住宅が建つ程度の敷地がある分、風情もある。全体的に造作がさほど古くなさそうなのが惜しい。それでも表参道と脇参道を持つなどなかなか立派。単に角地だからか。脇参道の風情がマル。


b0018597_19235765.jpg(に)椙森神社[恵比寿]
 都会に夢見る一攫千金神社。富くじ発祥の地なんだとか。人間(あるいは暮らし)には、ある種のファンタジーが不可欠だ。その手軽なものはイベントで、その最たるものは信仰だろう。神社も祭も富くじも人の暮らしに不可欠なファンタジーを紡ぎ出し続けている。都市はそれを受け止め続け、あるいは増幅し続けている。


b0018597_19302259.jpg(ほ)寶田恵比壽神社[恵比寿]
 原理原則の最前線がせめぎ合う神社。いや、この神社は素晴らしかった。シンプルながら端正な顔立ちの神社だが、両脇がコインパーキングなのだ。経済原則が生み出す青空駐車場に攻め込まれつつも、経済原則の太刀打ちできない別種の原則に支配されたささやかな聖地がしぶとく残る。メリケンにはわかるまい、この不思議空間。


b0018597_19251312.jpg(へ)小網神社[福禄寿・弁財天]
 美形で元気溌剌な神社。こぢんまりとしているものの、味わい深いディテールを擁する本殿。その本殿の隣にある神楽殿がまたとてもいい風情。木の風合いが美しい。派手さはないが見応えのあるディテールも眼福なり。お神楽が奉納されたりするんだろうか。アクティビティがあるのっていいよなーと問答無用に思う。


b0018597_19255458.jpg(と)茶の木神社[布袋]
 昔の名前で出ている神社。つか神社はそういうものだろ。かつて境内を取り囲むお茶の木が見事だったことに名の由来があるという小さな神社は、今やトーキョーに取り囲まれている。市街地再開発事業の真っ最中なのだ。間もなくピカピカの高層ビルが建つだろう。その時、この神社はどう残っているのか。ちょっと楽しみ。


b0018597_19262125.jpg(ち)水天宮[弁財天]
 え、水天宮もなの? かろうじて遠景のみご紹介。ただ、駅名にもなるような神社と、これまで辿ってきたような神社が同じチームにいるのは違和感がある。弁財天担当神社は間に合っているわけだし、水天宮にはビッグクラブへの移籍を勧めたい。えっと、レアル・イナリーとか。・・・冷え込んできましたね。。。


 七福神を全て挙げて漢字で書ける、その由来やご利益について知っている。たぶん、僕の両親くらいの世代ならところどころ間違えながらも何となくできたりしたんじゃないか。1世代下った僕らの世代はところどころ思い出すものの何となくできないんじゃないか。軽く由々しかったりしないか。気のせいか。僕だけか。そうか。寂しいな。でもまあ、そういうかつての世界が気になるモードは少しずつ高まっていると思う。例えば、『ほぼ日』でもこんな企画が。

 ほんとうは、都市景観問題がにわかに喧しい「日本橋(と上空の首都高)」そのものを見ておこうと思っただけだった。のだけれど、インターネットをうろうろしていて「日本橋七福神めぐり」なんぞを発見し、乗っかってみた次第。なにしろ盛夏である。へろへろに暑かった。が、お正月の寒風吹きすさぶ中で敢行したいとも思えない。やはり天高く馬肥ゆる秋の食前酒の準備運動(なんだそれ)くらいがもってこいと見た。
by mono_mono_14 | 2006-08-22 19:26 | 文/cultura | Comments(2)
Commented by kaioko at 2006-08-22 22:33
monoさんが以前紹介されていた『「絵になる」まちをつくる~イタリアに学ぶ都市再生』を読みました。
その中で、「時間-空間」の前後関係が一致するか、しないかということが書かれていて、ここにアップされた写真はまさにそれを思い起こさせるものでした。
日本の都市は「現在と未来=前面」「過去=前面」である、つまり「時間-空間」の前後関係が一致しておらず、そこに違和感を感じるのだという指摘。
周りをピカピカのビルが囲ってしまった以上、その違和を「和」とするのは神社に詣でる習慣とか、七福神のご利益を知っているだとか、要するにそこに住む人の問題なのかもしれません。

私は神社という存在はもともとがキッチュだと思いますし(鳥居の赤とか、キツネとか)、また七福神「めぐり」といわれるように点的な存在であること、それからmonoさんの言われるように、ファンタジーが生き続けていることから、かなりしぶとく残っていくものだと思ってます。

元気溌剌な神社という表現が面白かったこと、あ、それからレアル・イナリーに5点!(何点満点かは秘密)
Commented by mono_mono_14 at 2006-08-23 11:01
>>kaiokoさん
あの本、読んでみてくださったんですね。どうもありがとう(お礼はヘンか)。イタリアでの考え方を日本に輸入する戦略がとても難しいと思っていますが、示唆的なヒントがいくつか見つかる本でした、僕の場合。

街がイイカンジになるかどうかは、多分にそこに暮らす人たちの気構えの問題だと思っています。気構えを変えていく空間というのは間違いなくあると思いますが、空間が変わらずとも気構えを変えていくことも可能なはずで、そこを突く戦略を(も)見つけなければなりません。

神社はなかなかなくならないと僕も思います。なぜなら、なくすと祟られる気がして落ち着かないからです(仮説(笑))。祟られるという感じが失われたら、神社だってあっけなくなくなるんじゃないか、と。で、七福神に疎くなるのは祟られる感じが薄くなる方向を向いているんじゃないか、と。で、由々しいかな、と。・・・ヘン?

満点がヒミツの5点ゲットは喜び方が難しいですね(笑)。でも満点を知らない方がシアワセそう...。おー、やった、5点! というファンタジーに生きることにします(笑)。
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