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『さよならナム・ジュン・パイク展』

Mi sono visto una mostra commemorativa di un grande artista coreano. Addio Nam June Paik...

b0018597_17481473.jpg 何でも正直に告白すればすべからく免責になるわけでもないのだろうが、とにもかくにもこのひとことのエクスキューズから始めないことには始まらない。

 僕はナム・ジュン・パイクを名前しか知らない。あるいは名前だけは知っている。

 以下のリンクに埋もれているのは、パイクとの出逢いが彼を偲ぶ追悼展となったウルトラビギナーの、つたなく的外れな、それでもいちおう真摯に綴ったつもりの感想文だ。



 いくつものテレビモニタに映し出されるひっきりなしにめまぐるしく入れ替わるヘンテコな画像。ひとつのモニタを食い入るように見つめるのも何かヘンなので、まずは全体を何となく眺める。ぼーっと眺める。「時は三角形」と題された1993年の作品は、この追悼展の会場であるワタリウムにもちなんでいるものだという。
 ふと時計が3時を打った。見やるとクラシカルな振り子時計が壁で揺れている。
 「時は三角形」の鋭角に突き出した端部は高圧ネオン管になっていて、危険だから決して触れるな、との注意書きが添えられている。添えられているのだが、ネオン管はむき出しに屹立しているのだ。ネオン管に自分の腕が直に触れてしまうところを想像しぞわぞわする。実際にどんな感じになるのかわからないくせにぞわぞわする。大きな面を構成する多くのモニタが映し続ける映像がもたらす感覚は、喧噪がもたらす静寂さに近しいものに感じられた。

 沖縄民謡が流れている。音の方には森があり、果実のように、あるいは鳥たちのように、テレビモニタがいくつも木に留まっている。「ケージの森/森の啓示」と題された1993年の作品。前年に他界したジョン・ケージに捧げる作品らしい。
 僕はとにかくこの森の光景に惹き込まれた。ここで映し出されている映像もヘンテコなコラージュで(という言い方は失礼極まりないのだけれど)、僕はモニタを注視することはなかったのだけれど、それでもこの森が放つ穏やかなアウラは素晴らしい。さながら森林浴の心地よさだ。フィトンチッドどころか電磁波が出まくっているのだろうけれど、それでも。どうにもその場を離れられない。梢を見上げて立ち尽くしている。
 この作品は、会場の2階の吹き抜けに設置されており、3階からも4階からも眺められる。3階から観れば森を漂っているような感じで、4階からは間近に見下ろす感じになる。3階からも4階からも飽かず眺めて、また2階から森を見上げて佇んでしまう。

 先ほど3時を知らせてくれた時計は「フレンチクロック」という作品だった。これも1993年の作品。作品の前に立っていると、時計の周りに配された3つの小さなモニタは、その時計の振り子部分を映し出していることに気づいた。その振り子を覆い隠すヘンな物体がモニタをよぎり、一拍おいてそれが作品を観ている僕の後頭部だということに気づいた。振り返ると、小さなビデオカメラが僕を射ようとするかのように据えられていた。
 ふと思いつき、僕は僕の右手がつくるピースサインがモニタの適当な位置に映るようにして、振り子の動きに合わせて動かしてみた。パイクが1993年に発表した作品に2006年の僕が確かに入り込んでいた。再現不可能、鑑賞者1名。ほんの何秒間かの短い時間ではあるけれど確かに作品の一部となったと感じられ、そのことのほんわかとした感動は、普通のアート鑑賞ではなかなか得られないタイプのものだった。

 6月10日に始まり10月9日に終わる展示はすでに会期半ばを過ぎているが、一度の入館料(1,000円)で会期を通して何度でも観てよいパスポート制なので、また逢いに来ようと思う。「ケージの森/森の啓示」をぼーっと眺め、「フレンチクロック」にこっそりと紛れ込むためだけにでも。そしてきっとまた新しい発見をするだろう。鑑賞できるようになっていた何本かの映像作品にも、今度はトライしてみたい。「さよなら(Bye Bye)」と題された展示だけど、僕にとっては「こんにちは、はじめまして」となった。その自分の鈍くささは恥ずかしい限りだけれど、ともあれ、ようやく出逢ったのだ。
 展示のカタログというよりは追悼文集の趣のある小冊子を買った。表紙に「ケージの森/森の啓示」に立って穏やかに微笑むパイクの写真があしらわれ、裏表紙には何かの作品のカメラを指さしながら気持ちよさそうに笑う少し若いパイクの写真がある。笑顔の豊かな気持ちのいい人だったのだろうと思う。ずいぶんと遅れて汗を拭き拭きやってきた鈍くさい僕のことも、こんな笑顔で迎えてくれそうな気がする。

 「人間は間違いをする自由をもたなくてはね。それはとても大事なことだ。」とパイクは言ったそうだ。であれば、つたない感想文なんていう塵くずをインターネット銀河に放り入れるくらいの間違いも人間らしい自由のひとつなのだ、と思うことにする。こんなヘリクツもパイクはきっと笑い飛ばしてくれそうだ。合掌。
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ワタリウムの壁面にモニタで書かれた「心」の字。パイクの作品。

by mono_mono_14 | 2006-08-17 23:59 | 芸/arte | Comments(4)
Commented by dicotomia at 2006-08-19 20:17
ああ~、ナム・ジュン・パイク展! いってらっしゃったのですね! 実は私、この夏に関東上陸計画を立てていて その際絶対ココにも立ち寄ろうと目論んでいたのですが、ことごとく日程の都合がつかず・・・ 結局 お流れになってしまいました・・・(T-T  ああ、何度も訪問できる環境にお住まいの monoさんが羨ましいです。 私は下調べ無しで行った、あるいは他の作家さん目当てで訪れた美術館で、何故かよく 彼の作品に出逢う機会に恵まれました。私も彼の姿を写真で拝見したことがあるのですが、ホント、そのお人柄の良さが伺えますよね。彼の作品に対峙した私達が受ける フワフワ感やザラザラ感に戸惑う姿やワクワク感に目を輝かせている様子を、きっと今もどこかで嬉しそうに見つめる彼の顔が思い浮かびます!!
Commented by nabezo at 2006-08-19 20:22 x
おお、ワタシその会場から徒歩30秒のところにあるオフィスに勤めてます。
激しくニアミスですね~。
残念ながら展示を見に行く時間はなさそうなのですけど・・・
Commented by mono_mono_14 at 2006-08-20 00:54
>>dicoさん
はい、行ってきましたよ! でもですね、もし、「エンタイトル・ツーベース」(笑)を拝見してなかったら、この展示に足を運んだか、微妙なところもあるんです。だから間違いなくdicoさんのおかげでもあるのです。というわけで、迷惑かも知れませんが、お礼を言わせてくださいね。どうもありがとう。ちっちゃなお礼として(笑)、もしカタログ(と言うか追悼文集)のお取り置きをご所望なら、なんなりとお申しつけ下さいませ(笑)。

恥を忍んで告白したとおり、パイクさんのことはまったく知らないのですが、なんだかほんわか楽しかったです。映像をしっかり観れば、またフワフワ、ザラザラ、ワクワクが見つかるような気もします。きっとまた行きたいです。
この展示に何度も足を運べるかも知れない僕は、確かに恵まれているかも知れませんが、でも、いつでもモエレ沼公園に遊びに行けるdicoさんと、どちらが恵まれてるかは一概には言えない気がしますよ(笑)。
Commented by mono_mono_14 at 2006-08-20 01:00
>>nabezoさん
と、徒歩30秒!? 館内ですか(笑)? そんなにご近所なら、おすすめランチを訊いておけばよかった(笑)。観に行った日はお昼を食べそびれたんですよ(笑)。後学のために(?)、どこかおすすめがあればぜひ教えてください。
とってもお忙しそうですけど、お体に気をつけてがんばってくださいね。徒歩30秒なら、観に行くチャンスがうっかり見つかるといいですね。映像のプロの感想もお伺いしたいです。
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