世界のすんごいストリートから

Penso che la maggior parte dei fascini della citta' dipenda sulla struttura stradale, poi si senti la qualita' dei contenuti tra le strade.

 世界にはいろいろな街がある。などと切り出すには僕の世界経験はあまりにも狭く乏しいのだけれど、妄想に花を咲かせるのも少しくらいならば大目に見てもらえるんじゃないかしら。
 『Great Streets』という本がある。なかなか見栄えのよい大判の本で、英語とかいう言葉で書かれている。洋書だ。従って、本というよりはインテリア雑貨に分類すべき逸品である・・・って英語が読めないってのも洋書がインテリア雑貨になるってのも、実に冴えない人物像を浮き彫りにさせる。
 この『Great Streets』は、アラン・ジェイコブスというアメリカの都市計画家が書いた本なのだが、この中に世界39都市のセイム・スケール(同じ縮尺)の街路パターン図(黒地に街路(と水路)だけを白く浮かび上がらせた地図)が50枚掲載されている。これがとてもおもしろいのだ。街を楽しむというのは、実体験的には通り(ストリート)を楽しんでいるということなのだ。そこを無視するから昔からある商店街とイオン・ショッピングセンターとをダイレクトに比べたりする議論が起きたりするのだと思うけれど、それはまた別の機会に譲ることとして(という常套句で混濁茶をお出しして)、ジェイコブスが掲げてくれた50枚の地図からいくつか選んでみた。ただ並べてみるだけではいまひとつ芸がないので、覗き窓をつくることにした。



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地図出典:Allan B. Jacobs「Great Streets」/MIT Press/1993
 思いがけずアレッシィの盗作みたいになってしまったけれど、そういう意図はなかったので悪しからずご了承のほどを。簡単に描けてわかりやすい図像として思い浮かんだのがコレだったのだ。本人的には超オリジナルな図案なのだが、思いがけずアレッシィの盗作みたいに(以下略)。
 この人型(仮称・アレッシィくん)は、アタマのてっぺんからツマサキまで、左手の端から右手の端まで約1.2kmのダイナマイト・バディ。急ぎ足で15分、のんびり歩いても30分もかからずに端から端まで行けてしまう街の範囲が、アレッシィくんのシルエットでくり抜かれていると思って眺めてほしい(眺めるにはサイズが小さすぎるのだけれど)。
 いちおう上段が「花の都」系で、下段が敢えて言えば「水の都」系だ。上段左からニューヨーク、パリ、東京(日本橋)、下段左からヴェネツィア、アムステルダム、バルセロナ。バルセロナは水の都なのか? とか、東京こそ水の都じゃないの? とか、そういうことは空きビンに向かって叫ぶ感じで収めてほしい。

 それぞれ、街のどの辺りなのかを簡単に紹介しておく。アレッシィくんがこちら向きで立っていることにしたので、画面に向かって左側がアレッシィくんの右手・右足、右側が左手・左足と、無意味に表記が逆向きになってしまったが、その辺りの無意味さも積極的に愛でていただければ幸甚。
●ニューヨーク:アレッシィくんのアタマがセントラル・パーク、右手からだら〜んと垂れている感じなのがブロード・ウェイ。
●パリ:右手にどかんとあるのがシャルル・ド・ゴール広場(凱旋門)、そこからタスキのようにずどんとシャンゼリゼ通り。アレッシィくんの足のもうちょっと下をセーヌが流れているはず。
●東京(日本橋):アタマから右足にかけて走る太い道路が昭和通り。頭上を日本橋川が流れている感じ(左腕の肘の辺りを少しだけ横切っている)。左の脇腹から左足にかけて逆くの字型になっているのは亀島川。
●ヴェネツィア:体の真ん中で逆S字を描いているのが言わずと知れたカナル・グランデ。心臓の辺りがリアルト橋。左足、半ズボンみたいになっている辺りがサンマルコ広場。
●アムステルダム:体の右側は規則正しく取り巻く運河。左足を横切る太い帯がアムステル川。ノドの辺りがダム広場。アタマの真上くらいに中央駅があるはず。何となく、迫るショッカー(古)。
●バルセロナ:旧市街。アタマから真っ直ぐ降りてくるのがランブラス通り。左耳の辺りがカタル−ニャ広場。足の真下辺りが港。
 これだけメジャーな街なのに、行ったことないところがほとんどなので、こういうふうにさも達人ふうに紹介するのはやや後ろめたい。地図を見ながらおそるおそる書いてみた。
 有名どころを挙げたので、全部を訪問済みの人も多いかも知れないが、こういうふうに街を見ることはあまりないと思う。ガイドブックを眺めていても気づくこともないし、旅行のスナップにも写ることはない。けれど、こういう違いを、体はきっと感じ取っているはずで、それはウィンドウのディスプレイだとか、どこからか漂ってくる料理のにおいとか、コトバの響きなんかの要素に負けず劣らず、その人にとってのその街の経験的な魅力を決定づけている要因になっているはずだ。ソフトウェアや建物の見かけだけ移植しても、まったく違うものにしか感じられないのは、体感するストラクチャーを抜きにしているからだ。ソフトウェア(美味しいお店とか)もとても大事だけれど、地形も含めたストリートのストラクチャーを意識しないと、何かがすっぽり抜け落ちる。
 それにしても、都市計画というスタンスから眺めれば、更地からつくろうとしてそういう形になりそうなのはニューヨーク(と、せいぜい日本橋)だけだ。そういう意味では、空間のディテールとソフトウェアを頑張った方が、街は魅力的になるってことかも知れず、体感するストラクチャー云々という話は、どこかへ吹き飛んでしまいそうだ。いや、実際に吹き飛んでしまうから、新しい街はどこか希薄な感じがするのかも知れない。今は、これ以上、内容を掘り下げていくことはできないので、後日を期したいが、と再び混濁茶を謹呈してこのエントリを閉じたい。

 ついでに、アラン・ジェイコブスがどんなオジサンなのかに興味を持った稀有な人のために、いちおうこちらも紹介しておく。
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by mono_mono_14 | 2006-03-11 19:57 | 街/citta | Comments(2)
Commented by kaioko at 2006-03-12 00:21
わぁ、わぁ、面白いですね♪この覗き窓。拍手!
NYやパリなんて、なにか代表チーム(何の)ユニフォームチックだし。ヴェネツィアなんかみていると、本当に道が血管みたいに見えてきます。もちろんカナル・グランデは大動脈。日本橋もこうやってみると立派なもんですねぇ。アムステルダムは口の辺りに口がありますね、ショッカーの(笑)。魅力ある都市というのはこうやって道だけを見てみても、面白いものなんですね、きっと。
Commented by mono_mono_14 at 2006-03-12 08:51
おもしろかったですか、よかった。僕もくり抜いていておもしろかったです。原図は正方形なんですが、こうやって別の恣意的な形を通して見ると、また違って見えてくる気がしました。

以前、エントリでも少し書いた、「新開発で路地が可能か勉強会(緩め)」などをやっていたのですが、ヴェネツィアやバルセロナみたいなチェントロ・ストリコを意図的に模すのは、事実上、不可能なんだな、ということを再確認した感じです。
「花の都」系と呼んだ方には、人の強烈な意志が介在していることもわかります。それが太い真っ直ぐな道とか、タテヨコ直角の構成とかに表れています(と思います(弱))。

kaiokoさんに拍手してもらって、僕、素直に喜んでいます(笑)。
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