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富山和子『日本の風景を読む』

 探していたのは違う1冊だったのだけれど、その隣の隣の棚くらいにあった1冊は、できることなら日本中の人に読んでもらいたいような1冊だった。いや、違う、違う。読んでもらうだけではダメなんであって、少しもやもや考え込んでくれるようでないと最初の一歩にもならないかも知れない。とはいえ、例えば僕の高校時代の友人たちのココロをどれくらい打つかは、まったくもって自信がないのだけれど。富山和子『日本の風景を読む』。あまり期待もせずに何気なく手にした1冊だったのだけれど、すごいヒキだったな、うん。

 しかし、その衝撃の中身を簡単に紹介しようとすると、なんだかとても難しくてちっとも書けないのであった。自分の筆力のなさをしょんぼり恥じ入るとして、とりあえず目次を引き写してみる:《大地を読む/海を読む/棚田を読む/森林を読む/風景とは描くものなり/川を読む/風景の読み方、とらえ方/風景から学びとる》。富山は、これらの風景は、思い切って言ってしまえば「コメの文化の風景」なのだと言う。また、「日本は木を植える文化の国」という言い方も興味深い。言われてみれば確かに記念植樹はよく見かける行事だし、神様が宿る木や森も多い。ついでに思い出したが、安藤忠雄も、震災後の神戸に白い花が咲く木を、産業廃棄物にあえぐ瀬戸内海の島にオリーブの木を植えたりしていたな。まあ安藤のはともかく、富山が見るところ、木を植えるのも水田を守るためで、すなわちコメの文化の一端なのだ。日本の風景を「コメ文化」という視点から包括的に眺めるのは、静かに刺激的だ。

 端的なメッセージが「あとがき」にあった(「あとがき」ってヤツには往々にして結論めいた大事な一言が本文には見られなかったような簡潔さで表されていたりするのだ)。引用する。
ふるさとの小川とは弥生時代から
きっとこんな姿で流れ続けてきた水路
(中略)
二千年、流れつづけてきた末に
たった三十年で消えた
 戦後、アメリカと手を携え爆走してきた数十年で勝ち取った、世界が瞠目した日本の豊かさは、その裏側でひっそりと表舞台を去っていった(そして二度と戻ってこないかも知れない)かつての豊かさを本当に凌駕したのだろうか。もしかすると21世紀をかけてそのツケを払うことになるんじゃないか。そんな不安が湧いてくる。そういう意味では、イベントっぽいとは言え、「DASH村」は目のつけどころがシャープだと思う。
 こういう何千年と生き長らえてきた風景が立ちゆかなくなっていく構造的な問題の根の深さと較べたら、都市計画というタテワリの領域が扱っている事象は、とても上っ面だけの薄っぺらいもののようにすら思えてくる。もちろん、本当はそんなことはない。と言うか、すべてのタテワリを横つなぎした総体が“日本の風景”なのだから、無縁でいる/いられるなんていうことはあり得ないのだ。とは言え、期待の(?)「景観法」はやっぱりスケールが小さく見えてしまう感があるのは否めない。

 何千年にもわたる地道で真摯で尊い営みの数々を、半ば蔑みながらいとも簡単に放棄した現代の日本を、神話の世界にまで立ち戻って見直そう、立て直そう、まだぎりぎり間に合うぞ、というのが、中沢新一の言っていることのように思うが、そういう流れと明らかに近しい1冊。読みやすく、深かった。富山和子の本を読んだのは初めてなのだが、他の本も読んでみよう。
 僕は歴史にさほど関心があるタイプではなかった。今も関心があると胸を張れる気はしない。塩野七生すら多少なりとも読むようになったのはごく最近のことだ。それでも、これから先のことを考えるには、ずいぶんと昔のことを参照しなければいけない時代なんじゃないかという感じがある。それは、まだまだ僕の中で形をなしてはいないのだけれど、そんな感覚が確かにある。



 日本の風景を長らく守ってきた先人たちへの畏怖の念にも似たある種の敬意と感謝を込めて、この本に写真で紹介されている日本が誇る美しい風景を守っている(少なくともほんの少し前までは守ってきた)あの町この村の名前を掲げたい。
◎青森県つがる市(旧車力村)
◎青森県新郷村
◎青森県岩木町
◎秋田県能代市
◎宮城県大和町
◎栃木県湯津上村
◎千葉県銚子市
◎新潟県川口町
◎新潟県巻町
◎長野県三水村
◎長野県中条村
◎愛知県東栄町
◎岐阜県上宝村
◎岐阜県丹生川村(現高山市)
◎奈良県室生村
◎京都府丹後町
◎島根県吉賀町(旧柿木村)
◎山口県油谷町
◎福岡県宝珠山村
◎佐賀県白石町
◎熊本県産山村
◎熊本県矢部町
◎大分県天瀬町・玖珠町
◎大分県九重町
 残念ながら、こういう種類の美しい風景は、僕の日々の暮らしにはこれまで一度たりとも出てこなかったけれど、どれもこれも美しい日本の風景で、明らかにこういう風景に対する憧憬が、不思議なことだけれど、僕の中にも間違いなく息づいているのだと思う。

 書店で写真を拾い読みするだけでもいいから眺めてみてほしいです。
by mono_mono_14 | 2006-02-19 03:21 | 本/libro
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