和紙の力

b0018597_20401223.jpg ふらっと行くには不便すぎるため、奮って行くことになるパークタワー。イサム・ノグチのAKARIを集めた展示が終わってしまうので(1/17火曜まで)、えいやと気を奮い立たせて足を運んだ。CONRAN SHOP の前に会場がつくられている。卓上灯、床上灯、天井灯といろいろなタイプのAKARIが渦を巻くように並べられている。展示案内によれば89個。壮観だが、淡い光なので圧倒されるというよりは心和むものがある。ランプシェードとしての和紙の性能に感嘆する。大きなものでも電球は1個だったりするので、大きいAKARIほどぼんやりと浮かび上がる。そして、あまり小ぶりなものよりも少し大きいものの方がカッコいいのであった。そして、これらすべてが一般人にも手の届きそうな価格帯の商品であるというのが、とてつもなく素晴らしい。展示リストによれば、安いのは5,250円からあり、最高でも84,000円となっている。
 AKARIに限って言えば、現代美術館で見た直径2メートルのAKARIを超える感動は覚えないだろうと思う(ただし、牟礼の美術館に行ったなら、また違う感興を催すかも知れない点だけ留保)。でも、AKARIが似合いそうな空間で暮らしたいなあという気はする。我が家の小さなAKARIたちは、残念ながら今ひとつ持てる性能を発揮しきれていない。単にカタヅケが行き届いていないというのが最大の理由ではありそうなので、何とか精進いたしたく...。

 久しぶりに暖かな1日なので、シャトルバスには乗らずに新宿駅まで歩いて戻る。歩いているうちにタイムズスクエアのHMVに寄ることを思いつき、お目当ての1枚を購入。ポイントを使ったので2,500円引き。支払は208円。シアワセ感募る。

 HMVを後にしてエスカレータを降りて行く途中、タカシマヤ店内で中国の書画家がサイン会をやっているのを目撃。とりあえず途中下車(エスカレータを、ですが)。婁正綱(ろう・せいこう)という女流書画家らしい。12歳で見出された天才なんだそうだけれど、僕は全然知らない。しばし迷った末に展示を覗いてみることにした。主な理由は2つ。1つは、チラシによれば婁さんは1966年生まれで、僕と同世代なこと(ちなみに、自分が高校1年の時の3年生から高校3年の時の1年坊まで、つまり上下2歳、という辺りが僕の同世代感だ)。同世代がどんな活躍をしているのか、ということに興味がある。自分を省みて寂しい思いをすることになるのだけれど、それでも。2つめ、つい先ほどイサム・ノグチのAKARIをたっぷりと眺めて来たわけで、そんな日に同じく和紙を表現上の重要な要素としている芸術に行き当たった偶然を大事にしたい気がしたこと。こういう行きがかりというか言いがかりというか、そういう流れにはできるだけ乗ることにしている僕なのであった。
 盛りだくさんの展示。漢詩を抜き書きしたようなものもあれば、漢字1字を少しデザインして表現したものもある。僕は、この漢字1字をタイポグラフィックに表現した作品がとても気に入った。「心」「和」「山」「花」などなど。筆の勢い、墨の無限のグラデーション、それに負けない和紙の控えめな存在感。和紙に墨と筆で文字を書くという行為が作品に与える躍動感は、やはりマウスやペンタブレットとは全く違う。漢字をモティーフにしたデジタルデザインの秀作もたくさんあると思うが、何て言うか、「手」の力強さを感じる作品だった。現代を代表する文化人の座右の銘を書いた作品も数多く展示されていた。テレビ番組とタイアップしている企画らしい。こういうふうに書いてもらえるのだととしたら、僕ならなんて書いてもらうだろう。・・・としばし考えたのだが思い浮かばなかった。悲しい。座右の銘だから難しくありがたい言葉を掲げている人もいるのだが、作品として最も素晴らしいと思ったのは、隈研吾が書いてもらったという「自由」だった。
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by mono_mono_14 | 2006-01-15 20:41 | 文/cultura | Comments(0)
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