『シシリアン・オデッセイ』

 ギリシャ神話のエピソードという、率直に言って僕の苦手とするアプローチから始まったフランシーン・プローズの『シシリアン・オデッセイ』は、しかしながら、著者の知的好奇心の広がり具合が魅力的なことと、クールながらフェアでポジティブなものの見方と文体のおかげで(さらには、比較的短めの章立て(全13章)で組み立てられていることも助けとなって)、とてもおもしろく読むことができた。過度な礼賛になっていないのに、シチリアに対するある種のリスペクトがはっきりと感じられる。訳文も貢献していると思う。
 僕が気に入った「会話」と題された章では、レストランのメニューを決める際のウェイターと客との会話の妙についての憧れと実践が綴られている。シチリアの男性がウェイターと親密にメニューの相談をする様子に憧れ、しかし女性にはその参加資格がとても小さそうなことを感じ取り、こぢんまりとしたレストランの女主人を相手にそのやりとりが楽しめた際の幸福感。話題はそこから素朴な料理が並ぶ食卓の豊かさへと移り、歴史的建造物を使ったある宿屋の成功物語へと流れて、その歴史的建造物を維持しながら上質な食事と宿泊をサービスすることの困難さを伝えて終わる。観光客が愛でる陽気な食卓と美しい歴史的建造物にわくわくするだけでなく、その向こう側にある見えにくいアナザー・ストーリーにしんみりともさせてくれる。
 シチリアに行ったことがない僕にとっては少し重い旅のイメージだったけれど、シチリア再訪を期する人にとっては旅のイメージを大きく膨らませてくれる1冊になりそうな気がする。2度目以降のシチリア旅行のためのまたとないガイドブックになるんじゃないかと思う、と、根拠薄弱なまま推薦してみたい。

 2001年9月11日以来、家から遠く離れる勇気が持てなかったという著者たちは、しかし年が明けた2002年2月に1か月間のシチリア滞在を敢行する。その理由のひとつが、「美は暴力に、そして生は死に負けないという真実を見つけたかった」からだという。冒頭、シチリアを巡る神話の世界のガイダンスに続いて明かされたこの旅の動機は、この紀行文がこれから描くであろう旅の風景の豊かさを暗示していたし、思わずハッとさせられるシチリアの“定義”のように思えた。心に残るフレーズだった。


 皆さま。あけましておめでとうございます。「均せば週休2日」くらいのカンジで今年もゆるーく続けていきたく思っております(やめようかな、とちょっぴり思ったんですけどね)。ともあれ、どうぞよろしくお願いします。
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by mono_mono_14 | 2006-01-04 23:59 | 本/libro | Comments(0)
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