エトルリアの世界展

Ho visto una mostra titolata "il Mondo degli Etruschi" tenuta all'Istituto Italiano di Cultura di Tokyo a Kudan. E' stata molto interessante. Ci sono mostorate tante cose antiche e ho pensato che da due o tre mila anni tanti strumenti o abbigliamenti non cambiano tanto.

b0018597_14358100.jpg 何を隠そう、と言うか隠すほどのこともなければ明かすほどのこともないのだけれど、僕がイタリア語を細々と習っていて、そろそろ脱落しそうになっているのはイタリア文化会館だ。僕が初めてその門を叩いた時、文化会館は古びているけれど風情のある木造の建物で、小学校のような懐かしいにおいがした。歩くと廊下がぎしぎし鳴り、遅刻して足早に教室に向かう僕が近づいてくるさまが教室の中から丸わかりだっただろう。ご存じのように、この木造の館はもうなくなってしまい、この秋、12階建ての堂々たるビルに生まれ変わった。
 この新しくなった文化会館の開館を記念して、『エトルリアの世界展』なる展示が催されており、先日、レッスンに行ったら招待券をもらった。定価500円のチケットでも招待券はトクした気分だ。会期間際(と言うか最終日?)になってしまったけれど、何とか覗くことができた。余談ながら、明るい時間にこのビルを観るのは初めてかも知れない。
 このビルにはホンモノの展示スペースがあるわけではない。いわばエントランスホールを閉じて会場にしているので、動線にはあからさまに違和感がある。脇に入った階段室がチケット売場で、正面に戻ってエントランスを入ると、扉1枚でいきなり薄暗い展示スペース。意表を突かれた。そして、展示がとても充実していたことにも意表を突かれた。まさか、あんなに力の入った展示だとは思わなかった。思った以上の来場者がいて、そのことにも意表を突かれた。
 エトルリアの歴史や文化についてはこれっぽっちも知らないし、展示の解説を読んでもあんまりピンと来なかったけれど、個々の展示品はとてもおもしろかった。とても2500年も前のものだとは思えない。現在の安全ピンと同じ仕組みで留められる装身具があったり、器なんかも非常に初期に機能的な形態としては完成しきってしまったことがわかる。素材やデザインが進歩(?)していくだけ。動物をモティーフにした鼎の脚なんか、今日でも行けそうな洗練さ。数千年もの間、本質的にはほとんど変わっていないものがたくさんあることに改めて気づき、驚き、ちょっと感銘を覚えたりした。とても洗練された文化を持ち、それでいて自然や宇宙とも調和していた生活だったんだろうと思う。
 同時に開催されていた現代美術展が、土日には観られないようになっていたのは、ちょっと残念だったけど、こういうような充実した展示なら、これからも大歓迎。多少、動線がおかしくても気にしません。



 会場となったこのビル、「イタリア文化会館ビル」という名が示すとおり、文化会館は一部だけ(低層階と最上階)で、中間は賃貸オフィスだ。どういうテナントが入るのかは知らない。ブンカ的なテナントだといいなと思う。
 そして、物議を醸し出している赤色。なかなかにキレイな色だと思うし、ユーザーとしては特に困ることはない。だけれど、億単位のお金を払ってマンションを買った人たちからすれば、向かいに真っ赤なカベが立ち上がって不愉快だと思うのもわかる。実際に隣のマンションからどう見えるのかはわからないけれど、例えば、2階建ての戸建て住宅が並ぶ住宅地で、隣の家が急にカベを赤に塗り替えたら、やっぱりげんなりするだろう。狭い勉強部屋の小さな窓にかかる安っぽいカーテン越しの風景がことごとく赤色のカベだったりしたら、多感な中高生はそれを理由に受験勉強をさぼるかも知れない(どうでもいいな、それは)。建設プロセスの過程で説明もあったはずだし、周辺住民がクレームをつける機会もあったはずだし、行政指導もあったはずだし、実際に赤色のトーンが抑えられる方向で調整がされたみたいだけど、こういう結果になってしまっているのは、やや惜しい。たいていの人にとって、実際に見たことのないものは、多くの場合、現物を見るまではピンと来ないのだ、ということは覚えておいていいことだと思う。
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by mono_mono_14 | 2005-12-11 23:57 | 文/cultura | Comments(0)
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