母と僕と、時々、父

"La Torre di Tokio (Tokyo Tower) -mamma ed io a volte papa'" da Lily Franky, una bellissima ed emotivissima storia della famiglia, ma non capisco mai a dove dovrei leggerlo se non voglio mostrare le lacrime.

 「お母さん、ちょっと」と呼ばれ、後ろ姿の白衣に従って部屋の外へ出て行く母を、僕は全身を使った必死の呼吸をしながら目で追った。しばらくして戻ってきた母は、僕がこれまでに見たことのない沈痛な面持ちで、でも僕は、その表情を確かに捉えはしたものの、やはり全身で必死の呼吸を続けているしかできなかった。心電モニタはとてつもなく乱れていたようだった。通路を真ん中に挟んで3つずつ、6つのベッドが並べられた病室の、出入り口にいちばん近い位置で喘いでいた僕は、そのままICUに運ばれて、そこで一夜を過ごすことになった。当初、ドクターが見込んだよりもずいぶんと多い量のステロイドが僕の左腕からぽたんぽたんと流れ入っていた。

 ICUに移ってからは、さっきまでの嵐はどこへやら、ずいぶんと穏やかな一夜を過ごしたのだけれど、たぶん、あの数時間が、僕がいちばん「親不孝」に近づいた瞬間だったのだと思う。翌日だったか翌々日だったか、父までが顔を見せたりしたくらいなのだから。やっぱり、何としても「順番」は守られるべきなのだ。そうあろうとされるべきなのだ。

 リリー・フランキー、『東京タワー オカンと僕と、時々、オトン』。母親を送る息子の、息子に送られる母親の、それを時々、見守る父親の、物語。しかし、涙腺が弱い僕は、こういう本はいったいどこで読めばいいと言うのだ。
[PR]
by mono_mono_14 | 2005-08-09 20:14 | 本/libro | Comments(0)
<< ビバ、インターネット! だけれど 桃 >>