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村上龍『空港にて』

 帯に「「空港にて」は、僕にとって最高の短編小説です。by村上龍」とあり、表紙には、たぶん羽田空港だと思うのだけれど、空港特有の日常と非日常がないまぜになった風景が切り取られた写真がある。迷わずレジへ。

 『空港にて』には、表題作を含む8つの短編小説が収められている。するすると読み終えてしまった。やけにディテールの描写に執拗で、それが繰り返され、スローモーションのように時間がゆっくり流れる。その間に思索(記憶のリプレイが多い)だけは足早に進む。なんだ、これ、と思いつつ読んでいた。あとがきに「・・・時間を凝縮した手法を使って・・・書こうと思った」とある。僕が「なんだ、これ」と思ったのは「時間を凝縮した手法」というやつらしい。こんなことが「あとがき」に書いてあることは、あまりないように思う。僕みたいに違和感を覚える読者を慮ってくれたのか。ここに収められた作品のクオリティをより高みに運んでいるのはこの手法なんですよ、と言いたいのかも知れない。ともあれ、こういう技法を知ることができたのはちょっとトクしたキブンだ。
 8つの作品のなかでは、やはり「空港にて」がいい。「時間を凝縮した手法」がとても滑らかでバランスよく組み立てられている。搭乗手続の締め切り時刻が迫る空港の出発ロビーでのほんの数分間に、主人公が人生の浮き沈みを回顧する描写がテンポよく織り込まれ、しかもささやかな希望へ向けた確かな高揚感をたたえてポジティブに終わる。あなた自身の等身大のささやかな希望に向けた第一歩を踏み出しましょう、それでいいんです、それしかないんです。そう言われている感じだ。他によかった作品は「公園にて」と「駅前にて」。これが僕的ベスト3。「公園にて」に描かれる読んでてどんより息詰まる感じはとてもいい(ヘンなホメ方だけれど)。

 この本は、単行本の時点では『どこにでもある場所とどこにもいないわたし』というタイトルだったらしい。狙いすぎというか気負いすぎというか。このタイトルだったら迷わずレジへ持っていったか微妙。少なくとも僕にとっては改題は奏功。それに文庫本というイレモノにはこの素っ気ないほどシンプルな題の方がはるかにふさわしい感じがする。
by mono_mono_14 | 2005-06-01 12:38 | 本/libro | Comments(0)
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