長崎弾丸旅行備忘録

Sono andato a Nagasaki con i miei amici liceali, anche se e' stato un viaggio piu' breve, mi sono divertito tanto questo viaggio. Ho pensato sulla bomba atomica che distruggeva questa bella citta' sul mare. Vorrei visitarci ancora, ed anche ad Hiroshima.

 長崎はいい街だと思う。少なくとも訪れるにはすごくいい街だ。港。路面電車。坂。歴史。異国情緒。さるく。郷土料理。皿うどん。空港がもう少し都心に近ければもっとよかった。

 長崎港に面した水辺の森公園は、土木・造園・建築・プロダクトなど多分野にわたるデザイナーたちの志と努力の結晶で、かねてより訪れてみたい場所のひとつだったが、今回の旅程ではきちんと見て回るのは難しいことはわかっていた。港に釣り糸を垂れる親子連れの後ろ姿が微笑ましかった。バケツをそっと覗いたら、やや青みがかった魚が1匹泳いでいた。1日をのんびり過ごせそうないい公園だと思った。再訪を期す。どうせなら運河をまたいで建つ県美術館の展示がおもしろそうな時がいい。もっとも、今回やっていた展示は十分におもしろそうだった。

 軍艦島はとてもとても興味深かったし、考えさせられるものがあった。その感覚がどこから来るのかを自問すべきだと思った。今はとにかく、かつてそこにあった生活、疾走する高度成長の一端をものすごい形で支え続けた炭鉱マンとその家族たちの生活に敬意を表したい。軍艦島は、今のままで行けばいずれ朽ち果てるしかないだろう。純度100%の潮風と高潮が強烈に鉄筋とコンクリートを痛めつけ、容赦ない台風が年に何回も襲いかかる地だ。補修のしようがあるのかもわからないし、補修した姿が軍艦島らしさを保てるのかもわからない。ともかく、今回、上陸できてよかった。

 到着したのが、日がいくらか傾いてきた時間だったこともあってか、浦上天主堂は人もまばらで、透けるような静けさに包まれていた。煉瓦をまとった天主堂は、アプローチが登り坂になっていることもあって、抜けるような青空に向かって伸びるようで、写真で見る南イタリア辺りの大聖堂を思い起こさせた。借り物ではない根づいた感じが隅々まで行き渡っていて、大切に、大切に接されている建物だということが見て取れた。堂内が素晴らしかった。もう少しゆっくり、その場にいればよかった。

 長崎原爆のグラウンドゼロは、ずいぶんと慎ましやかな公園で、訪れた時は人影も少なかったが、漂う気配は濃かった。どことなくダニ・カラヴァンとかグンナール・アスプルンドの風景を思った。伏せた目ときつく結んだ唇の横顔に宿る力強さに気圧されるような、そんな空気だった。平和祈念像のある平和公園は、もう少し柔らかな印象の、ちょっぴり台北かどこかの観光地みたいな気配だったが、原爆の確かな痕跡に、僕は圧されたままだった気がする。これまでいくたびも8月を過ごしてきたけれど、僕は原爆のことを何も知らなかった、ということだけははっきりとわかった。広島にも行こうと思った。そして長崎にもまた。

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# by mono_mono_14 | 2012-11-07 02:24 | 街/citta | Comments(0)

日本対ブラジル

Mi sono visto un'amichevole di calcio del Giappone contro il Brasile sulla tv. Mi pare che sia stata una bella partita per il Giappone. I nostri samurai hanno giocato come al solito e qualche volta hanno potuto creare delle occasioni. E mi sono divertito di vedere dei bei contropiedi brasiliani.

 素晴らしかったのではないでしょうか。ブラジルを相手に自分たちの普段のサッカーをやろうとし続けて、親善試合とは言えそれなりにやれた。特に前半。そして、やられ方もよかった。スコアという意味ではなく。あ、と小さく思った瞬間に前の方が一斉にカウンターに移り、ディフェンスの対応は少しずつ間に合わず、小さな綻びを繕う機会を与えられぬままに失点する、という。あのカウンターに移る瞬間のチームのシンクロぶり、トルクの力強さ、その後の加速、ブレない技術。構築的でなく即興的。疾走するジャムセッションのような、ブラジルにしか奏でられないサッカー。まさにブラジルだった。そのブラジルに臆することのなかった日本。手応えと課題がたくさんあったはず。で、素晴らしかったのではないでしょうか。

 カカー。コンディションは7割くらいだったかも知れないけど、巧みで、力強く、美しかった。カカーの力強さで走り出す中盤が日本にも現れてほしい。
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# by mono_mono_14 | 2012-10-17 23:16 | 蹴/calcio | Comments(0)

この夏に考えたことがら。

Che cosa sono gli amici? Ci pensavo. Trovavo delle risposte.

 この夏、高校の同窓会があった。卒業以来(四半世紀ぶり!)のやつとか、在学中には接点がまるでなかった人とか。当時(とその後)のつきあいの密度に関係なく、あの3年間を共有していたということが、僕の生涯の宝なのだということを知った。
 …のだけれど、百人が百人そう思うわけでもないようだった。詳細は省く。省くが、友だちってなんだろう、ということを考える機会にはなった。そんなこと、なかなかあらためて考える機会がない。それなりにマジメに考えて、僕なりにはなかなかに腑に落ちる答に至った。
 僕にとって友だちとは、「わざわざ時間を合わせて一緒にご飯を食べようと思う人たちのこと」だ、というのがその答だ。「たまたま」ではなく「わざわざ(そのために)」というところが、それなりに大事だ。そして、とにかく実際に会う機会を持つことが決定的なことだ。そこに気づければ、誰と誰が「facebook上の友達」であるか否か云々などという、わけのわからない議論をあっちの方に蹴っ飛ばしておくこともできる。——なぁ、申請があれば承認するだけの話だから、そんなことにこだわっているヒマがあったら、どこかで時間を見つけて一緒にメシでも食わないか。——
 時間を合わせて集まってメシを食う。酒を飲む。機会があればそうしようと思う。それが、少なくとも僕にとっては決定的に大事なことだ、僕はそう思っているんだ、ということがくっきりとわかって、なんだか嬉しかった。そうしようと思う人たちがいて、僕のことをそのように思ってくれる人たちもいる(決して多くはないけれど)。それはとてつもなくシアワセなことだ。
 もうひとつ、僕的に「ああそう言えば!」と腑に落ちる答が見つかった。友だちにはCDをプレゼントしたくなる、というものだ。しかし、こちらは、なんだか独りよがりで、僕のわがままな押しつけの域を出ていないような気もする。先方は迷惑でしかないかも知れない。すみません。
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# by mono_mono_14 | 2012-10-02 20:34 | 雑/quotidiana | Comments(0)

「はっとイタリアーナ」

"Gli hatto all'italiana" che ho fatto all'inizio di questa estate. Erano buonissimi. Forza Marumitsu!

 気仙沼の丸光食品の「はっと」を使った「はっとイタリアーナ(イタリア風はっと)」。オリジナル。とても美味でしたよ、と例によって自皿自賛。はっとをニンニクの利いたたっぷりのオリーブオイルで炒め、そこにトマトとパセリを合わせただけの簡単料理で、オリジナルと胸を張るようなことではないのだけれど。敢えて言えば、トマトのざく切りをホワイトバルサミコで軽く和えた辺りがシゴトと言えなくもない。

 「はっと」というのは気仙沼辺りの郷土料理。うどん生地でつくったニョッキみたいな感じ、という感じ。この「はっと」の生産者である丸光食品も津波で壊滅的な被害を受けた。現在、復興に向けて懸命に歩みを進めているところ。その過程を、僕は、セキュリテ被災地応援ファンドというところを通じて、とてもとてもささやかながら応援しているところ。

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# by mono_mono_14 | 2012-08-21 00:17 | 味/buono | Comments(0)

連載・東北紀行(第11回)

11.女川町
 女川町(おながわちょう)の周辺の町村は、石巻市と合併したのだが、原子力発電所を持つ女川町は、その合併とは無縁のまま女川町を貫いている。玄海町と唐津市の関係と同じ構造だ。その是非はまた別の問題だし、僕には深く立ち入る知見もない。ただ、あ、同じなんだなとの思いを持つのみだ。
 女川町を訪れたのは朝の9時前。やはり濃い霧がかかっていた。海に近いながらも海抜16mほどの小高い位置にある女川町立病院へ向かう。この病院の1階半ばまで津波が押し寄せた。市街地の浸水深が20m近い計算になる。駐車場から市街地を見やる。すぐそこにある海から津波がやってきて、この辺りの市街地がほぼ完全に水没したことになるが、その光景を想像することは難しかった。眼前には鉄骨造と思われる3階建てがひっくり返って屋上をこちら側に向けている。その他にも転倒した鉄骨造・鉄筋コンクリート造の建物がいくつもある。ひしゃげて横たわるオイルタンク。そこにあったものではなく、湾を渡って運ばれてきたものらしい。
 ゆっくりと海沿いに車を走らせる。地盤沈下が激しく、応急処置が施された道路は、地盤面から70cmほどは嵩上げされている。道路面からさらに陥没している宅地もある。沈下の深さは1mに達しているかも知れない。海の中に建っているかのような建物があるが、そうではない。地盤沈下でふ頭が浸水してしまっているのだ。その壁面は、巨大な鉄球が直撃したかのように凹み、抜け落ちている。ものすごい圧力がかかった様子が見て取れる。海は、湖のように凪いで穏やかな表情を見せていて、このコンクリートの壁を打ち破ったりすることなど、どうやってもできそうもない。海がそこまで凶暴になれるとは、津波を覚悟していたはずの地元の人たちにも、もしかすると想像できなかったことだったかも知れない。やませの中に消えていく穏やかな海面と、辺りに広がるとてつもない光景とのギャップ。
 海辺の市街地から町立病院を振り返る。病院に向けて避難階段が伸びている。いざという時に駆け上るための階段だ。この階段を上りきれば津波にやられることはない。そう思えるくらい、病院は、十分に高い位置にあるように見えた。
 次の街へと移動する。女川の海を背に石巻へと向かう。道路沿いには更地になってしまった土地が続き、脇の斜面に沿って少し上がった辺りに家並みが残っている。冷酷な運命のコンターライン(等高線)。その境界へ身を置く経験は持てぬまま、車窓から食い入るようにその風景を見ていた。

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町立病院から市街地を臨む。想像できない津波が残した爪痕。

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転倒したRC造3階建て。大地と接していた基礎を顕わにしている。

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# by mono_mono_14 | 2012-08-20 23:14 | 街/citta | Comments(0)

たことトマトと枝豆。

 教科書クッキンガー、参上。いつ以来か、本人にもよくわからない。
 教科書の開いたページにあるのは「小柱とトマトと枝豆のスパゲティ」。夏っぽい。
 教科書クッキングの道は、買い出しから始まる。リチェッタを写メり、意気揚々と出発。小柱を買ったことは、ない。ないのだが、ま、きっと売ってるでしょうと楽観して売り場を巡るものの、見あたらない。3周すれば出てくるかと思うものの、ないものは、ない。教科書クッキング、早くも挫折。しかし、去る5月に四捨五入すれば五十歳、もう1回四捨五入すればなんと百歳を迎えた老獪な教科書クッキンガー。小柱の代替品として「明石たこ」を採用することにした。だって、うまそうだったんだもん。目のつけどころと感想は小学生並みだ。買い出しの帰りがけ、近所の「イタリアのお店」でオリーブオイルも買ってみる。白ワインとピクルスとナポリサラミも買ってみる。飲む気まんまんということですね。
 調理はかなりシンプル。枝豆は茹でてサヤから出しておく。トマトは湯むきしてざく切りに。小柱あらため明石たこは適当に刻んで塩を振る。ニンニクと唐辛子のオイルをつくる。下ごしらえ的にはこれくらい。
 まず枝豆を茹でてみた。悪くない入り方だと思う。次いで、オイルをつくってみた。これも悪くない段取りだと思う。その隣ではパスタを茹でるお湯を沸かす。妥当でしょう。オイルができたところで、たこを刻む。お湯が沸いたので、トマトを湯むきする。この辺、段取り、イマイチ悪かったのですが、文章にするとよくわからないですね。パスタを茹でる。8分と書いてあるので8分茹でる。3分を経過した辺りでオイルでたこを軽く炒め、パスタの茹で汁を加え乳化させる。トマトを入れ、枝豆を入れる。オイルから取り出しておいたニンニク片も入れる。茹で上がったパスタをソースと和える。できあがり。ブォナペティート。
 非の打ちどころのない滑らかさのように書かれているが、結論から言うと、たこに取りかかるのが早すぎたらしく、火が入りすぎて少し硬くなってしまった。そこは惜しまれたのだけれど、言うまでもなく自皿自賛。と言うか、美味しかったです。たぶん、たことオリーブオイルがよかったのではないかと思われます。明石たこ、ダテじゃないわ。モーリタニアとかモロッコとは違うのね。写真では殊勲のたこがほとんど確認できないが、そこが僕のウリだ。売るな。ともあれ、とても失敗リスクの低いいいメニューで、僕的定番に育てたい。
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# by mono_mono_14 | 2012-07-18 00:22 | 味/buono | Comments(0)