K坂の情景 11

 神社と一緒に建ったモダンなマンション。その裏手側には、かつての面影が東京らしいごった煮的な風景として取り残されていた。まるでちょっとした展示であるかのような唐突さで現れた井戸は、装いこそ新ただけれど、きっとかつてからそこにあったのだと思う。絶えず引き直される境界線の狭間に、何の変哲もないかつての東京が残る。時に新しさにひるまない潔さすら漂わせながら。はからずも立ち現れる新旧のモザイク。それが東京の奥行きを醸しだす。[2013.08.01-13:00]
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# by mono_mono_14 | 2013-08-01 17:46 | 街/citta | Comments(0)

まほうの夏。

Divertiamoci l'estate! (voglio andare al mare!!)

 夏休みがぐっと短いものになり、下手するとブツ切れになったり、もっと下手するとロクになかったりするようになってから、早20年が経ったけれど、今年は「夏休み」ということにマトモに向き合うことになった。いや、夏休みは相変わらず短く、かつ、これといったプランに満ちているわけでもないのだけれど。

 『まほうの夏』は、夏という季節がいかに素晴らしいか、どれだけ大切かということを、改めて思い起こさせてくれる、それこそ魔法のような絵本だ。ほんとうにすばらしい。くりかえし読んでしまい、そのたびにじぃぃぃんと胸にせまるものがある。日本中の家という家にこの本があればいいのに。それだけで日本がぐんとシアワセな国になるんじゃないか。そう思う。一家に一冊。

 明日から8月(早い!)。で、今年の8月は2回は海に行きたい!(・・・なんてささやかな願望なのでせう。。。)
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# by mono_mono_14 | 2013-07-31 21:04 | 本/libro | Comments(0)

「営業中」

"APERTO" sarebbe l'obiettivo piu' importante sul cammino di restaurazione. Ci credo.

 かつてを知る人たちに言わせると高校時代の僕は「話しかけるなオーラ」なるものを相当に漂わせていたそうで、そんなことないよーと棒読みで言ってはみるものの、身に覚えがまったくないわけでもなく、でもまあ、ともあれ、それから約30年の時を経て、ありとあらゆるオーラを発さなくなった僕に、かつての同級生が話しかけてくれることもぽつぽつと起こるようになったのだった。

 「はっと」って何?

 ある日、そう尋ねてくれた同級生がいた。僕がネットの片隅に放り込んだ、お世辞にも上手とは言えない「はっと」料理の写真にも、そんな問いを引き出すくらいのナニカはあった、のかも知れないね。

 2011年7月、僕は初めて被災地を回った。今をときめく(?)久慈の辺りから南相馬の原発20km圏(当時はそこから先には入れなかった)まで下っていったのだけれど、海沿いはどこもかしこも壊滅的だった。すでにものすごい数の専門家が現地に入り、最善を尽くしていたのだけれど、空間的な復興はとてつもなく長い道のりであることが一目瞭然だった。
 岩手県山田町の大沢地区も津波にほとんど一掃されてしまったエリアだった。その荒野然たる光景の中に、小さな四角い建物とその脇に赤いのぼりがはためいているのが見えた。「営業中」と書かれたのぼりだった。立ち寄ってみた。食品や生活雑貨を並べたお店は、もちろん津波に洗われたのだけれど建物は流失を免れ、僕らが訪れた数日前に営業を再開できたのだそうだ。言葉を失う光景の中ではためく真っ赤なのぼりは頼もしく輝き、お店のご夫婦の笑顔は穏やかで力強かった。「営業中」。そのことのかけがえのなさが僕を打った。もう、このことだけを追求できれば、復興する街の形なんて、いっそどうでもいいと言ってもいいんじゃないか。どちらかと言えば、街の形を考えるタイプのシゴトに就いているにもかかわらず、その時、僕は確かにそう思ったのだった。そして、今でも基本的にはそう思っている。街の形の大事さも信じて疑わないけれど。
 余談ながら、この時のことを、なぜだか北海道足寄町の広報(2011年12月号)に寄稿する機会があった。検索して辿ればバックナンバーのPDFがまだ読める。
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 「営業中」を目指して立ち上がろうという被災企業を応援する「セキュリテ」というファンドのことを知ったのはわりと早い時期だった。その頃、ファンドが募集されていたのは確か6社で、どの社もぐっと来るストーリーを携えてはいたのだけれど、僕に最も訴えかけたのは、気仙沼で唯一の製麺業者だという丸光食品(現・丸光製麺)だった。だって、麺類のない人生なんて、考えられる? 考えられないよ。もちろん、気仙沼にだって大手の麺類は入ってきていたはずで、丸光がなければ麺類がないわけではないだろう。でもね、そういう問題じゃないんですよ。こういう存在は代替が利かないものなんです。このことに、僕は確信がある。
 実際の僕にできたのは、ほんのわずかばかりのファンドを積むことくらいだったし(他にもこまごまとないではなかったけれど)、今は、また生産できるようになった「はっと」を美味しく(というか自皿自賛で)食べるくらいのことだった(他にももっとやれることはあるはずだけれど)。でも、2011年まで少しも知らなかった丸光の「はっと」を、僕がこれからもずっと食べ続けていくということが、被災地にひとつふたつと増えていってほしい「営業中」の中身なのだ(ほんのごくごく一部にしかすぎないのは重々承知だけれど)。

 唐突だけど「はっと」のこととかを書いてみた。来る8月10日が「はっと」の日なので。吉祥寺でイベントがあるので、こっそりと行く予定。

 (後記)別のところ(FB)に書いたものほぼそのままだけど、まあいいよね。自分で書いたものであることには変わりがないので。
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# by mono_mono_14 | 2013-07-29 11:36 | 雑/quotidiana | Comments(0)

彫刻2景

I due paesaggi scultorei a Tokyo.

 都心の彫刻2景。東京しごとセンター(なんというネーミング!)のエントランスにある安田侃。東京都庁の連絡通路に置かれたイサム・ノグチ。公共施設がこういう彫刻作品を設置することの「ゼイタクさ」は問わない。これらが妥当かどうかは判断できないのだけれど、ゼイタクは必ずしも敵ではないし、人々が(少なくとも僕が)アートに触れる機会となっていることは確かだ。
 写真を撮ったのは必ずしも最近なわけでもないのだけれど、写真を正方形にトリミングしてくれてちょっとしたフィルタ処理も提案してくれるツール(インスタグラムと書け)をかませてみたのは今日のこと。
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# by mono_mono_14 | 2013-06-25 21:30 | 街/citta | Comments(0)

まかないチックな遅い夕飯。

Ho provato "gli hatto con pollo e funghi di ferula". Erano buonissimi (almeno a me).

 教科書に載っていたおかず的献立をパスタ的献立に変更してみたもの。まかないチック。教科書クッキンガーとしては、教科書をほいほいと逸脱している辺り、いささか残念なところもある。でも、例によって自皿自賛に到達したのでよしとしたい。日付が変わってからの遅い夕食としては多すぎるのではないかという可能性もあるのだけれど、ま、時差のある生活だし、金曜の晩だったし、いいよね、うん。
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 鶏肉とエリンギとミニトマトとはっとをニンニク風味のオリーブオイルで蒸し炒め気味に炒めて塩コショウをやや強めに利かせたもの。
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# by mono_mono_14 | 2013-01-29 21:43 | 味/buono | Comments(0)

Dear GON.

Grazie Gon, mi mancherai...

 大学サッカーに総理大臣杯という大会があり、4年生の時の関東予選で僕らは筑波大と対戦した。20年以上前の話だ。Jリーグはまだなく、高校のスター選手の多くは大学に進むものだった。当時の筑波には井原正巳を筆頭にこちらが一方的に知っているだけの顔ぶれが並んでいた。中山雅史もそのひとりだった。
 僕らは、井原にミドルシュートを決められたり、賤機に見たことのないフェイントをかけられたりしながら、それでも、0対3という、まあサッカーと認め得るスコアと試合内容のうちに90分を終えた。

 ベンチスタートだった中山が、後半の残り15分くらいのところでピッチに入ってきた。一時期はディフェンダーをやらされていたりした中山だったが、4年生のシーズンはトップのポジションに戻ってきており、つまるところ、ストッパーだった僕の目の前にいるのだった。おそらくは故障明けだったと思われるのだけれど、中山の動きは速く、力強く、視線は射るような鋭さを帯びていた。他の選手たちとは、何かが違っていた。

 スッと引いた中山の足元に縦パスが収まる。反転してシュートを撃つことしか考えていない気配に満ちた背中。間合いを詰める。撃たれるぞ。間に合う。僕の頭の中はそう思ったのだが、実際は、僕がシュートコースに足を出す前に中山の左足はボールを捉えていた。…え?
 中山のシュートはジャストミートせず、ボールはキーパーの正面を突いた。

 こんなのは、僕以外の誰にとっても、淡々とした、そして取るに足らない凡庸な試合中のヒトコマにすぎないわけだけれど、うそだろ、こんなタイミングで撃たれちゃうのかよ、と総毛立つようなゾクゾク感の中、次のプレーへと移っていったあの時のことは、今も忘れない。そういう意味では、あの一瞬が僕のへなちょこサッカー人生のハイライトであったかも知れない。

 とうとう辞めちゃうんだね。寂しくなるよ。お疲れさま。ありがとう。
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# by mono_mono_14 | 2012-12-05 01:21 | 蹴/calcio | Comments(0)