<   2004年 12月 ( 32 )   > この月の画像一覧

鉛色の空に

Ancora oggi nevica a Tokyo. Ci sono tante macchine che hanno fatto gli incidenti stradali. Gli autista penserebbero che e' stato un anno di "disavventura" sicramente. Felice anno nuovo a tutti.

 大晦日の東京。鉛色の空から雪が降りしきる。冬支度をしない自動車が、ほんの緩やかな坂道で往生して、ハザードランプを瞬かせている。小さな追突や接触があったのだろう。最近、めっきり自動車を運転する機会を失ってしまっているが、こんなちっぽけな事故でも、1年の最後の日に起これば、洪水も台風も地震も津波も他人事なままでも、やっぱり今年は「災」の年だったんだよなー、と、身勝手に、鉛色の空に思っただろうか。

 よいお年を。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-31 23:10 | 雑/quotidiana | Comments(0)

高校サッカー

Il campionato del calcio liceale ha cominciato oggi. Questo campionato e' molto importante per i calciatori giovanile pero' non mi sembra buono che giocare solo per vincere durante si sono giovani.

 知らなかったけど、全国高校サッカー選手権大会が今日、開幕したらしい。僕が高校の頃は、元日に開会式をやり、翌日から連戦連戦で冬休みのうちにほぼ全日程を終えよう、というプログラムだったけど、連戦は身体的な負担が大きすぎるということで、ゆとりのある日程を組むようになり、結果として、年の明けないうちに敗退していく学校が出るようになった。
 夜中に放送されていた開幕戦を観た。それなりにマジメに高校サッカーを観るのはかなり久しぶりのこと。開幕戦のカードは、ブラジルからの留学生4人がメンバーに入る山形県の羽黒高校、PK戦に長けた第2ゴールキーパーを擁する京都府の城陽高校の対決だった。外国人は同時に2人までしか試合に出ることはできないという規定らしく、ブラジル人同士の交代があり、PK戦が濃厚となった時にキーパーの交代があった。PK戦を得意とするキーパーは、不本意だっただろうけど、結局、1度も止めることができず敗れ去った。

 高校生にとって、あの大会が放つ魅力は、今でもあまりにも大きく、そういう大会を持っていること自体は、世界に誇っていいことかも知れない。でも、高校サッカーのハイライトであるこの選手権大会がトーナメントであることの弊害が言われている。高校の3年間が、トーナメントで勝ち上がることに偏りすぎた戦術、練習のうちに過ぎるからだ。それと同時に、高校を単位とすることの限界も見えてきていると思う。たまたま入学した高校で、あまりにも多くの偶然に支配されながら、選手としての貴重な時期を過ごすことになるというのは、世界的に見たら、あまりトクなことはない。そろそろ高校サッカー(と言うよりアンダー19と言うべきか)の大会の全体的な枠組みを考え直す時期に来ているようにも思う。

 なお、世界的に見る必要がまったくないほとんどの高校生プレーヤーにとってみれば、大会に出られようと出られまいと、この3年間をサカナに一生楽しく飲めるくらいの、かけがえのない時間であることは、経験から言える。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-30 23:59 | 蹴/calcio | Comments(0)

雪!(模様替え&大掃除(その3)改め)

Quando mi alzavo ho visto dalla finestra tutta la citta' nevata! Penasavo che andavo all'ufficio per pulire consecutivamente ma ho cambiato l'idea e mi fermo a casa. Ma purtroppo anche a casa devo fare le pulizie. Peccato!

 起きてみると窓の外は雪景色だった!

 忘年会後に会社に戻り片づけに勤しむという酔狂な輩が帰宅したのは、結局、朝の5時半頃。ほんとに酔狂。その頃、ぽつりぽつりと落ちていた雨粒は、いつの間にやら雪に変わっていたらしく、昼近くに目覚めた時は、雪が降りしきっていた。向かいの家の屋根も白い。とても会社に出ていく気になれない。急きょ予定を変更し、もう少しうとうとしてから、家で雑事に勤しむことにする。・・・会社にいても、家にいても、大掃除をして、溜まりに溜まった雑誌や新聞を束ね、年賀状を書くのであった。残念!
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-29 23:24 | 雑/quotidiana | Comments(0)

模様替え&大掃除(その2)

Non finiamo ancora le purizie ma intanto facciamo un banchetto di fine anno. Questo anno ne facciamo al ristorante cinese e mangiamo bene. E poi, torno all'uficcio e ricomincio a pulire da solo. Che disgraziato...

 仕事納めで忘年会。でも模様替え&大掃除がまるで終わっていないため、まだ今年を忘れるわけにはいきませぬ。トホホ。僕の机の周りは、とてもシゴトをする場所とは思えない惨状を呈している。マックを設置する場所も見あたらないほど。今回の模様替え、大きく移動する人と、まったく動かない人がおり、僕は最も激しく動くうちの1人なのだった。
 忘年会がサクッと終わったので、独り会社に戻り、ほろ酔い気分で片づけを再開。これこそ文字通りの酔狂。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-28 23:22 | 雑/quotidiana | Comments(0)

模様替え&大掃除(その1)

Domani e' l'ultimo giorno del lavoro in questo anno e solitamente facciamo le pulizie in pomeriggio. Ma questo anno dobbiamo farle da oggi perche' stiamo facendo trasferimento di posto nella detta che ci fa stanchi.

 僕の会社は明日で仕事納め。それに向けて、あろうことか模様替えを敢行中。僕は、自分の移動先の席をつくり(従前の荒野を開墾し、机や棚をレイアウトする感じ)、そこに前倒しで荷物を運び込んでいかないと、模様替えの全体スケジュールが渋滞してしまう、虐げられた重要なポジションを占めている。自分が知らない間に、思いがけず多くの本やCDを抱え込んでいることに驚き、自分の頭を抱え込んでしまう。模様替えや大掃除に年末の営業日を2日も充てるなんて、なかなか優雅な会社? 2日どころじゃ終わる気がしないんですけど...。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-27 23:30 | 雑/quotidiana | Comments(0)

MHL

Mi compro sempre i vestiti da Margaret Howell. I vestiti che loro fanno non mi sembrano mai ne' estremi ne' banali. E ci sono tanti dettagli interessanti nei vestiti che mi piacciono. A volte me li compro secondo i suggerimenti dei commessi.

 ここ何年か、もしかしたら10年ほど、マーガレット・ハウエル(MHL)の服を好んで着ている。フツーの服にほんの少しだけ遊び心を盛り込んだ服。ディテールへの、ちょっと無意味なほどのこだわり。トンガッてるワケでもないし、かと言って手堅くまとまっているワケでもない。そのバランスが、僕のキブンに合っている。加えて、売ることよりも服が好きそうな店員さんが多い気がするのが、また気に入っている。もちろん売り上げは伸ばしたいんだろうけど、あー、この服、こんなふうに着てもらいたいなー、というキモチを感じることがよくあるんですよ。だから、ときどき、思いもかけない品を勧められたときに、思い切ってそのチョイスに乗ってみたりする。自分の好みだけで服を選ぶと、同じような服ばかりがクローゼットに並ぶことになりがちだけど、店員さんの見方を加味することによって、ちょっとだけ“新しい自分”ができあがる(それが錯覚だとしても、案外、楽しいものです)。コイツ、服が売りたいだけなんだろう? と思えちゃったら、この手は使えない。今日も、そのチョイスに少しだけ乗っかりながら、今年の買い納め。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-26 23:53 | 雑/quotidiana | Comments(0)

No Wall Between the Music

Non ho mai saputo nulla che cosa fanno i DJ. Loro fanno la musica come i musicisti. Mi sono guardato la tv di un DJ giapponese giovane chiamato DJ KENTARO che ha vinto il campione del mondo dei DJ nel 2002. La sua sonata e' stata veramente bella, indubbiamente un'arte.

 DJと言うのが、どういうことをしているのか、ちっとも知らなかった。あんまり聴くこともなかった。ビニールのレコードを2枚並べて、スクラッチとか機械的に処理したノイズとかを量産してゴキゲンになっている。そんな認識だった。当たり前だけど全然違った。彼らは演奏していたんですね。ピアニストやドラマーのように演奏しているのだった。

 NHKの『トップランナー』に、DJ KENTARO という、DJ界の若きカリスマが出演しているのを観た。弱冠20歳で2002年の世界チャンピオンの座を圧勝で勝ち取ったのだそう。この番組で、初めて、DJが何をやっているのかを知った。2枚のレコードを自在に再生しながら、収録されている楽曲以上のポテンシャルを掘り出して、再構築し、新しい音楽を紡ぎだしているのだった。番組で実演したいろいろなテクニック(たぶん、持てるワザのほんの表面を披露しただけだと思う)に圧倒された。どういう仕組みで演奏しているのかはまったくわからない。ただただ、すっげーと圧倒されながら、引き込まれていくだけだった。恍惚のインプロビゼーションのよう。
 もしかすると、紡ぎ出された音だけを聞いたのだったら、つまらなく感じたかもしれない。映像と合わせて観られたのがよかった。映像を観られたから、奇跡の音楽が流れていることがハッキリと理解できた。
 彼は、ターンテーブルは不器用な楽器だ、と言った。その不器用な楽器の無限のポテンシャルを引き出しながら、音楽のジャンルなんていう無意味な壁を取り払って、ひとつの新しくてカッコいいシアワセを生み出し続けようとしているのだった。何てすごい冒険!

 もう寝ればいいのに何となく起きていて、フラットになりかけた安ワインをちびちびと舐めながら、ザッピングしていた手がたまたま止まり、幸運にも最初から最後まで観られた再放送。これはもう、クリスマス・プレゼントだ。さらに幸運なことに、年明けに彼の演奏を収めたDVDが出るらしい。これはもう、お年玉だ。僕には似合わないけどきっと買おう。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-25 19:40 | 音/musica | Comments(0)

Buon Natale

A tutti che si visitano il mio blog, BUON NATALE!!!


b0018597_22264717.jpgb0018597_21544128.jpg 我が家にはクリスマスなどないのだ。そういう家で育った。もちろんプレゼントなどあるわけもなく、ケーキも食べられたり、食べられなかったり。別に実家がお寺なわけでもなんでもなく、ただの標準的なサラリーマン家庭だったけど、意固地なまでにそんなふうで、そう育ったからか、クリスマスという日は、いまだに今ひとつピンと来ない。 
 でも、街じゅう華やいだ景色になるし、諸人こぞりて師走の気ぜわしさを楽しく紛らわせているような感じもする。クリスマスは、アッパレなほどイイカンジで日本に馴染んでいる。ともあれ、よいクリスマスを。
【写真は、上智大学(左)と東京オペラシティ】

[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-24 21:55 | 文/cultura | Comments(0)

オールナイト

Ho cenato con il mio amico del liceo ad Akasaka. Ci siamo mangiati e bevuti dalle nove ed un quarto alle cinque della prossima mattina. Ovviamente pero' ho inutilizzato tutto il giorno festivo.

 急きょ、高校時代の友だちと晩メシを食う話がまとまった。21時に赤坂見附駅で会い、ヤツの得意な赤坂で適当な店を見つけてもらう。しかし、赤坂の街は混んでいた。こんなに大勢の人が繰り出しているなんて、忘年会シーズンも佳境を迎えているとは言え、ちょっと予想外。さすがだ、赤坂。
b0018597_15223366.jpg 最初に足を運んだ店は満席、次に当たってみた店に何とか入れた。焼酎の品揃えがいい和食屋だと言う。9時15分頃だっただろうか。そのまま居座り続け、店を出たのは、えーっとはっきりは覚えてないけど、3時半くらい? 最後の客であった。ところが、タクシーがつかまらない。やむを得ず(?)、もう1軒。なぜか中華料理屋。この期に及んで餃子をつまみながら紹興酒なんかを飲んでいる。この店もあっけなく閉店時間を迎え、表に出たときには、東京の朝はもう動き始めていた(写真はこの時に撮った一ツ木通り。シイタケみたいな街灯)。ふたりとも地下鉄に乗って帰ったのだから立派なものだ(自画自賛)。飲み明かしたのは久しぶりだけど、案外、簡単にできてしまったな。しかし、その当然の代償(?)として、天皇誕生日の今日は棒に振ったのだった。
 ヤツと僕とは近しい業界に身を置いているので、がらにもなく仕事がらみの話を真剣にしてみたりもして、思いがけず有意義な時間になった。もちろん大半の時間は馬鹿話。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-23 23:59 | 雑/quotidiana | Comments(0)

東京オペラシティアートギャラリーにて

Mi sono visto tre mostre alla Tokyo Opera City Art Gallery una di cui e' quella di pittura da Minoru Nomata. Nomata minia degli architettura fantastici che mi piacciono molto.

b0018597_20401324.jpg 初台の東京オペラシティアートギャラリーで、今度の日曜日まで開かれている『ヴォルフガング・ティルマンス展』+『野又穫:カンヴァスに立つ建築』+『project N 19 小西真奈』を観てきた。

ヴォルフガング・ティルマンス展
 ドイツ生まれでロンドンを拠点にしている写真家の、日本では初めての包括的な個展で、アーティスト自らがインスタレーションを行っている(フライヤーより)。
 撮影対象、表現方法、いずれも幅広い作品群だった。僕が気に入った作品は、総じて身近な題材を気軽に、ちょっとだけ気の利いた感覚で撮し取ったもの。特に、いくつかあった窓辺の写真がとても気に入った。そのものずばり《窓/カラヴァッジオ》と題された作品とか。窓枠に置かれた小物(グラスとか小さな花瓶とかジャムの瓶とか)と窓越しの外の風景。窓そのものも魅力がある窓だった。もうひとつ、とても気に入ったのは、《影》と題された作品。砂浜を楽しそうに歩く人を撮った写真だが、撮影者の膝から下が画面に入り込んでいて、むしろピントはそこに合っている。ぽんと投げ出されたくつろいだ脚とパンツの質感、履き込まれたアディダスのスニーカー。その感じがとてもよかった。
 ダブルクリップでつまんだ作品を壁に刺したピンに引っかけておくだけ、といった、とてもラフな展示方法もあった。こんなふうに、気に入った場面をカメラで切り取って、ラクな気持ちで身近に置いておけばいいんだな。これくらいのキブンが、携帯電話にカメラがつくような時代の、写真とのつきあい方なんだろう。もっとも、僕の携帯電話はカメラはおろかカラー液晶ですらない時代物だけど。

野又穫:カンヴァスに立つ建築
 非常に精緻に描かれたとても魅力的な空想上の構造物の数々。何のための構造物なのかわからないものばかりだけど、それだけにその創造的な想像力の深みを感じないわけにはいかない。舞台装置みたいとも言える。野田秀樹のお芝居『オイル』のフライヤーに描かれていた存在感のある構造物も野又の仕事だった。
 どの作品も見飽きない魅力がある。全体の印象を楽しむこともできるし、細かいディテールを味わうこともできる。どっしりとした塔などよりは、繊細なパーツが組み合わされた構造物の方が僕の好みであることを知った。植物や水の存在感がしっかりとしている作品にも惹かれる傾向があることにも気づく。気に入った作品は、簡易カタログを兼ねている鑑賞ガイドでタイトルを確認すると、《境景 10》、《世界の外に立つ世界 2》、《望楼へ 15》、《東方へ 25》、《内なる眺め 23》、《視線の変遷 22》など。
 作品に魅入りながら、子供のころ、図工の時間や夏休みの宿題でバルサや竹ひご、凧糸なんかを使って何だかわからない工作物をつくった経験をぼんやりと思い出した。オトナは「何をつくったの?」「なんでこんなのがくっついてるの?」なんて訊いてくるが、それはつくった本人もわからなかったりする。もちろん、野又はもっと意識的に制作しているに違いないだろうけれど、野又の作品を支配しているのはああいう感覚に近い気がする。彼の作品には、重力、風、時間を強く感じる。測ることはできても決して捕まえることはできないこれらの要素を、わくわくするような構造物のなかにしっかりとつなぎ止めておきたいのかもしれない。
 展覧会のカタログがあったら買いたかったのに、つくられていないようだった。残念。
 ネット検索で見つけたサイトで、初めて作家の顔写真を見た。数年前に友だちに教えてもらってすごく気に入ることとなった、舟越桂の彫刻みたいな表情をしている。

project N 19 小西真奈
 「project N」というのは、難波田龍起さんという故人の遺志と基金による若手作家の紹介を目的とする展覧会シリーズなのだそう(鑑賞ガイドより)。小西の油彩は、きちんとした風景が描かれているものなのに、なぜか距離感がうまく感じとれない。不思議な感じのする絵だった。
 小西もティルマンスと同じく1968年生まれなのだそう。僕と変わらない(彼らの方がひとつ若い)。いろいろなシーンで同年代が主役として活躍するようになっているんだよなぁ。
[PR]
by mono_mono_14 | 2004-12-22 20:42 | 芸/arte | Comments(0)