カテゴリ:雑/quotidiana( 259 )

退院の日に。

Mi sono operato sul tendine di Achille e domani ritornero' in vita quotidiana con le stampelle.

 過日、1年以上ぶりのフットサルにてうっかりアキレス腱なんぞ切ってみた。年度末コースターがまさに動き出さんとする時期に降って湧いた(と言うか自らが降らせて湧かせた)しばしの入院生活をそれなりに満喫し、明日より社会人に戻る。ただし、移動速度が推定2歳児並みの松葉杖ライフ。オフィスは坂道にあり、最寄駅のバリアフリーはどこもかしこもまるでなってない。どうなることやら。
 それにしても、夜間診療、入院、手術と身をもって体験すると、医療従事者の激務ぶりと献身ぶりにはただただ頭が下がる。ありがとうございました、とここに書きつけておきましょう。そして、僕が僕のデイリーライフを大事にして、日々を充実して過ごすことが、彼らへの報恩だと思う。がむばりたい。…と言うか、うっかりコケて再断裂とか、絶対に避けたい。
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by mono_mono_14 | 2016-02-01 15:13 | 雑/quotidiana | Comments(0)

思いがけず思い浮かべたこと

Un pensiero che avessi in mente ad un concertino.

 21世紀のモーツァルトなどとも称されるアーティストも公演したホールでちびっ子たちの合唱だの合奏だのを聴く機会があり、さながら敬老席のおじいちゃんのような心持ちでどっこらしょと手元のチケットが示す座席に気楽に腰かけて開演を待っていたのだけれど、プログラムの最初を飾るいちばん幼いグループが元気よく放った歌声の第一声からガツンと殴られたかのような衝撃を受け、そんな思いもかけない事態にいくらかおろおろしながら聴くうちに、ほぼ落涙寸前の体で曲の終わりを迎え、壇上のまぶしいちびっ子たちに心からの拍手を送りつつ、僕の頭をよぎったのは、どうにも飛躍すること甚だしくはあるけれど、「あぁ、子どもは社会の未来の明るさそのものだなぁ」ということであり、「彼らの未来が少しでもよくあるように大人は今をがんばらないとな」ということであり、「戦争はいけないよ」ということだったりしたので、いかにも敬老席にふさわしい想念かも知れないながらも、そのようなことを思いもかけずに思い浮かべたことにまた驚いた。
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by mono_mono_14 | 2015-02-26 21:01 | 雑/quotidiana | Comments(0)

あるライブに思ったこと。

Mi sono visto un live dei miei amici. Loro sono stati molto brillanti sul palco. Ho sentito i grandi valori nelle loro musiche, soprattutto loro continuita' delle attivita' musicali. Bravi, complimenti!

 中学卒業以来(より正確には2年生から3年生になる時に別のクラスになってからと言うべき)、30年以上を経て、かつての級友が小さなライブのステージに立つのを観に行く。飲食系雑居ビルの5階にある小さなライブハウスでは、アウェイ感というか、身の置きどころのない感じというか、そんな気分をひしひしと感じるに決まっていることはわかっていた。開場は17時半。開演は18時。その友だちはオープニングアクト。遅刻は厳禁、しかし早すぎる到着もつらい。そんなことを悶々と思いながら、しかし家を出たのは、オンタイムベースで言えば小一時間も早い時間だった。出発どきを家で待っているという状態も落ちつかなかったのだ。乗換駅の辺りで無印良品を冷やかしたり、駅の立ち食いそばで腹ごしらえをしたり、トイレを済ませたり。会場のビルまで来てからも数分ほど辺りをうろうろした後に、ま、いいやとエレベーターに乗り込んだのは、開演15分前くらいの時間だった。
 受付で名を告げる。チケットのメール予約の際にどの出演者の関係者かを書く仕組みになっていて、僕はその級友の名前を書いていた(実は、もうひとり、そこに書くべき出演者の候補もあったのだけれど、今回はこっちにすべきだと思ったのだ)。級友の名も告げる。受付のひとりが「そのヨメです」と言った。こういう先制パンチはまったく予期しておらず、意味不明にしどろもどろになったりした。
 フロアにはそこそこ人が入っていたけれど、どうにかまだ誰も座っていない隅っこの4人がけのテーブルを見つけることができ、ビールを片手にその一番奥の席に潜り込んだ。あとは、ただ、彼を筆頭にいろいろな人が順繰りに繰り出す弾き語りに身を委ねていればいいはず。少し落ち着いた。友だちがふらっとステージに上がり、セッティングを始めた。

 すごくよかった。

 ライブは、何人かが順繰りにソロでアコースティックギターの弾き語りをやり、そのうちに3人くらいのバンド編成になり、そうこうするうちにエレキギターに持ち変わり、最後には全員でセッションして終わった。18時に始まったライブが終わったのは22時を優に過ぎていた。

 余韻の残るフロアは、徐々に帰り支度だ。僕も1時間以上かけて帰らなければいけないのだ。僕は、ステージ上で機材の片づけに取りかかる級友に近づき小さく声をかけた。メールした時には思い出せないと書いていた彼は、僕を見て「思い出した!」と言った。ほんとうかー? と訊き、彼は思い出したと繰り返した。「ずいぶん横に広くなったね」とも。僕はきみんちの2階で初めてエレキギターを弾いたのさーと30年以上前のちっぽけな出来事を持ち出し、彼は、そうだねーそうだねーとニコニコしていた。ライブはどうだったかと訊かれ、もちろん、すごくよかったと答えた。ほんとうかー? と訊かれ、僕はほんとと返した。わけもわからず何度も握手をし、必ずまたライブを観に行くことを約して別れた。

 出口のところで、出演者自らが手売りしているCDを2枚買った。そのうちの1枚は、今日、初めて知り聴いた人のものだった。ライブ中から彼の演奏には惹かれるものがあった。CDを買ってもらえるとありがたいと何度も言っていたけれど、そんなMCがなくても買っただろう。盤面にサインをしてくれた。行けるライブがあったら行くと伝えた。ちなみにもう1枚は、高校の同級生が暮れに出した新曲だ。

 商業的な成功とはまた別の次元のものとして、音楽をやり続けていることの輝きがあった。心打たれた。No Music, No Life— まさにこの語がぴったりだと思った。音楽を携えて歩み続けている彼らの人生におめでとうを送りたい。何かを携えてこその人生だよなということを強く強く思ったひとときだった。行ってよかった。
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by mono_mono_14 | 2015-01-14 22:22 | 雑/quotidiana | Comments(0)

ギターは鳴り続けて

Andro' al live dei miei amici a domenica prossima. Forse avro' sentito qualcosa dalle loro chitarre.

 ひょんなことから、僕にロックを授けてくれた中学の同級生がまだギターを携えてロックしていることを知った。ブログ上で通販していた新作CDを買った。向こうは僕のことを思い出せないようだった。そらそうだね。僕は彼に何も授けていないわけだし。
 この連休中に演るライブを観に行く予定だ。会っても思い出させないかも知れない、この30年間での激しい外見的変貌を考えれば・・・。まあ、それは甘んじましょう。ずっとギターとともにあっただろう彼の30年が、ずっと鳴り続けていたギターは、今の僕にどのように響くのだろう。そのことを、いくらかの緊張とともに、楽しみにしている。同じステージで、高校の同級生が新曲を演るだろうことも、同じように楽しみにしている。
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by mono_mono_14 | 2015-01-09 20:23 | 雑/quotidiana | Comments(0)

「営業中」

"APERTO" sarebbe l'obiettivo piu' importante sul cammino di restaurazione. Ci credo.

 かつてを知る人たちに言わせると高校時代の僕は「話しかけるなオーラ」なるものを相当に漂わせていたそうで、そんなことないよーと棒読みで言ってはみるものの、身に覚えがまったくないわけでもなく、でもまあ、ともあれ、それから約30年の時を経て、ありとあらゆるオーラを発さなくなった僕に、かつての同級生が話しかけてくれることもぽつぽつと起こるようになったのだった。

 「はっと」って何?

 ある日、そう尋ねてくれた同級生がいた。僕がネットの片隅に放り込んだ、お世辞にも上手とは言えない「はっと」料理の写真にも、そんな問いを引き出すくらいのナニカはあった、のかも知れないね。

 2011年7月、僕は初めて被災地を回った。今をときめく(?)久慈の辺りから南相馬の原発20km圏(当時はそこから先には入れなかった)まで下っていったのだけれど、海沿いはどこもかしこも壊滅的だった。すでにものすごい数の専門家が現地に入り、最善を尽くしていたのだけれど、空間的な復興はとてつもなく長い道のりであることが一目瞭然だった。
 岩手県山田町の大沢地区も津波にほとんど一掃されてしまったエリアだった。その荒野然たる光景の中に、小さな四角い建物とその脇に赤いのぼりがはためいているのが見えた。「営業中」と書かれたのぼりだった。立ち寄ってみた。食品や生活雑貨を並べたお店は、もちろん津波に洗われたのだけれど建物は流失を免れ、僕らが訪れた数日前に営業を再開できたのだそうだ。言葉を失う光景の中ではためく真っ赤なのぼりは頼もしく輝き、お店のご夫婦の笑顔は穏やかで力強かった。「営業中」。そのことのかけがえのなさが僕を打った。もう、このことだけを追求できれば、復興する街の形なんて、いっそどうでもいいと言ってもいいんじゃないか。どちらかと言えば、街の形を考えるタイプのシゴトに就いているにもかかわらず、その時、僕は確かにそう思ったのだった。そして、今でも基本的にはそう思っている。街の形の大事さも信じて疑わないけれど。
 余談ながら、この時のことを、なぜだか北海道足寄町の広報(2011年12月号)に寄稿する機会があった。検索して辿ればバックナンバーのPDFがまだ読める。
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 「営業中」を目指して立ち上がろうという被災企業を応援する「セキュリテ」というファンドのことを知ったのはわりと早い時期だった。その頃、ファンドが募集されていたのは確か6社で、どの社もぐっと来るストーリーを携えてはいたのだけれど、僕に最も訴えかけたのは、気仙沼で唯一の製麺業者だという丸光食品(現・丸光製麺)だった。だって、麺類のない人生なんて、考えられる? 考えられないよ。もちろん、気仙沼にだって大手の麺類は入ってきていたはずで、丸光がなければ麺類がないわけではないだろう。でもね、そういう問題じゃないんですよ。こういう存在は代替が利かないものなんです。このことに、僕は確信がある。
 実際の僕にできたのは、ほんのわずかばかりのファンドを積むことくらいだったし(他にもこまごまとないではなかったけれど)、今は、また生産できるようになった「はっと」を美味しく(というか自皿自賛で)食べるくらいのことだった(他にももっとやれることはあるはずだけれど)。でも、2011年まで少しも知らなかった丸光の「はっと」を、僕がこれからもずっと食べ続けていくということが、被災地にひとつふたつと増えていってほしい「営業中」の中身なのだ(ほんのごくごく一部にしかすぎないのは重々承知だけれど)。

 唐突だけど「はっと」のこととかを書いてみた。来る8月10日が「はっと」の日なので。吉祥寺でイベントがあるので、こっそりと行く予定。

 (後記)別のところ(FB)に書いたものほぼそのままだけど、まあいいよね。自分で書いたものであることには変わりがないので。
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by mono_mono_14 | 2013-07-29 11:36 | 雑/quotidiana | Comments(0)

この夏に考えたことがら。

Che cosa sono gli amici? Ci pensavo. Trovavo delle risposte.

 この夏、高校の同窓会があった。卒業以来(四半世紀ぶり!)のやつとか、在学中には接点がまるでなかった人とか。当時(とその後)のつきあいの密度に関係なく、あの3年間を共有していたということが、僕の生涯の宝なのだということを知った。
 …のだけれど、百人が百人そう思うわけでもないようだった。詳細は省く。省くが、友だちってなんだろう、ということを考える機会にはなった。そんなこと、なかなかあらためて考える機会がない。それなりにマジメに考えて、僕なりにはなかなかに腑に落ちる答に至った。
 僕にとって友だちとは、「わざわざ時間を合わせて一緒にご飯を食べようと思う人たちのこと」だ、というのがその答だ。「たまたま」ではなく「わざわざ(そのために)」というところが、それなりに大事だ。そして、とにかく実際に会う機会を持つことが決定的なことだ。そこに気づければ、誰と誰が「facebook上の友達」であるか否か云々などという、わけのわからない議論をあっちの方に蹴っ飛ばしておくこともできる。——なぁ、申請があれば承認するだけの話だから、そんなことにこだわっているヒマがあったら、どこかで時間を見つけて一緒にメシでも食わないか。——
 時間を合わせて集まってメシを食う。酒を飲む。機会があればそうしようと思う。それが、少なくとも僕にとっては決定的に大事なことだ、僕はそう思っているんだ、ということがくっきりとわかって、なんだか嬉しかった。そうしようと思う人たちがいて、僕のことをそのように思ってくれる人たちもいる(決して多くはないけれど)。それはとてつもなくシアワセなことだ。
 もうひとつ、僕的に「ああそう言えば!」と腑に落ちる答が見つかった。友だちにはCDをプレゼントしたくなる、というものだ。しかし、こちらは、なんだか独りよがりで、僕のわがままな押しつけの域を出ていないような気もする。先方は迷惑でしかないかも知れない。すみません。
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by mono_mono_14 | 2012-10-02 20:34 | 雑/quotidiana | Comments(0)

here comes the sun...!

 見ましたか。見ましたよ。がらにもなく早起きして(6時45分を早起きと呼ぶのもどうかと思うが)。右上から少しずつ少しずつ欠けていく太陽。ときおり雲に隠されながらも、じわじわと金環へ向かっていくさまを、わが家のベランダから一部始終。今日ほど東向きのベランダを喜ばしく思ったことはありません。しかし、太陽そのものの写真がまったく撮れなかった(日食らしく写らなかった)ことは、たいそう不本意でした。あとで振り返れば、ああいう手も試してみればよかったとか、いろいろ思うわけですので、遠からぬうちにぜひまたやってください。えっと、月にお願いすればいいんですかね。
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まだ食べられている途中。

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by mono_mono_14 | 2012-05-21 23:59 | 雑/quotidiana | Comments(0)

畠山重篤さんの講演。

Il gran ostricaio Shigeatsu Hatakeyama, uno degli eroi della foresta, mi ha dato tante cose di importante tramite i suoi libri, e anche sta volta mi ha colpito con una bella conferenza appassionata. Credo che lui sia l'eroe di questo pianeta.

 暴風雨が接近するなか、あの畠山重篤さんの講演を聴きに行った。さいわい、会場の日経ホールへは、いくらか遠回りを強いられるものの、地下鉄駅から地下通路だけで行くことができるので、風雨の問題はひとまず回避できた。

 講演に先立つシンポジウムには1時間ほど遅刻したので、興味深いいろいろな話を聞き逃したかも知れない。でも、僕なりに貴重な話を聴くこともできた。備忘メモを兼ねて書きつけておこう。畠山信さんの発言。
 ……漁師は二分化されてきている。復興に向けて意気込んでいる人たちと、心が折れてきている人たち。復興へ向けたスタートが遅れれば、収入が入るタイミングも遅くなる。すると、心が折れやすくなる。震災後、ガレキ処理をすると日当がもらえた。生業の復旧を後回しにしてガレキ処理に携わったような人たちが、今、生業の先行きが見えないことにくじけはじめている。最初から漁業の復旧に向けて歯を食いしばった人たちは、少ないながらも水揚げができるようになってきた。その差がはっきりと出ている。
 ……支援を受ける能力が必要だ。何か手伝えることはないか、と訊かれ、じゃあ、これをお願いしようかな、とどんどん言える能力。漁師一筋みたいな人にはけっこう難しいが、外部からの支援なしでは復興はとうてい不可能。
 ……いろんな人が来て、正直、迷惑してる。でも、迷惑と思われてるのかも、と遠慮したくなる心のハードルを乗り越えて、ぜひ遊びに来てほしい。

 唐桑町舞根地区の復興に関わっている人たちが、舞根を復興のモデルにしたいと静かに意気込んでいた。自然と暮らしが一体となった豊かでサスティナブルな地区ができそうな筋立てが紹介されていた。できそうに思った。モデルになるかは、つまり他の地区が参考にできるかどうかは、また別の問題。情報の発信と受信のレベルとリテラシーに多くを負う。それでも、過程を丁寧に記述し、残しておくことはとても意義深いだろうと確信するし、なされるべきだと思う。

 畠山重篤さんのフォレストヒーロー受賞記念講演は、とても素晴らしかった。内容の概略は、後日、日経新聞紙面で紹介されるそうなので、ここでは控えておくけれど、僕は、なぜだかわからないがときおり涙がにじんで、我ながら少なからず驚いた。必ずしも感動的なエピソードが披露されているわけでもなかったのだけれど。心を打たれたのだ、きっと。森のヒーローにとどまらない、地球のヒーローがそこに立っていることに…。復興は、巨大津波に負けない防潮堤を築き上げることなんかでは決してなくて、森・川・里・海の連環を取り戻すことなのだ、という天啓のような主張に…。これまでの歩みを駆け足で振り返るような内容を、朴訥と軽妙洒脱をカクテルにしたような話しぶりと身ぶりで熱く語り続けた。ホールの天井を見やりながら、大きな身ぶりで、汽水域のかけがえのなさ、森と川と人と海がひとつながりであることを語っているその目には、きっと舞根湾を交点としてわーっと広がる青い地球あるいは全宇宙が映っていたのだ。

 畠山さんの本に、僕は多くの知的恩恵を受けている。畠山さんたちの復興の過程で、僕はその恩返しをしなければならない。義援金を送るしかできないときにはわずかばかりの義援金を送り、牡蠣や帆立の水揚げが増えたときにはその海の果実を購入し、足を運べる機会に恵まれれば行って舞根の自然に浸る。現地より発される情報に敏感になり、いつも心のどこかで復興を祈っている。サウイフモノニワタシハナリタイ。なろう。
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by mono_mono_14 | 2012-04-04 13:56 | 雑/quotidiana | Comments(0)

希望学への第一歩。

"La speranza e' una voglia per qualcosa da realizzare tramite azione". Mi sono divertito una conferenza sulla "speranzologia".

 玄田有史さんの希望学の講演を聴いてきた(「大震災と希望学」)。会場となった某T大の教室はしんしんと冷えた。でも、それを忘れさせるくらいに、講演はとてもおもしろかった。実際には寒さを忘れることはなかった。僕は階段教室の後方に座っていたので、前方の席よりは天井が近かった分、多少は暖かかったのかも知れない。
 希望学に関する本は、まだ1冊も読んでいなかった。実は、2年前に退職した僕の恩師的上司から、勉強しようと思ったけど、ここまでは手が回らなかった、あなたに預けていくよ、みたいなセリフとともに、僕は東大出版会から出ている4冊セットの希望学の本を譲り受けていた。文字通り預かっただけになっていた。
 講演がとても刺激的でおもしろかったので、購入を迷っていた『希望のつくり方』を帰りがけに買った(くだんの4冊セットから入るべきかも知れないが、それは若干ヘビーで…)。よし、あの本を買うぞと決めた帰り道に、駅を降りたところにある書店がたまたま開いていて、お目当ての本がたまたま書架に残っていた、というようなことを、ちょっとした運命的なできごとのように過大評価するのが、僕は好きだ。
 パラパラと眺めてみると、今日、講演で聴いたうちの少なからぬエピソードが載っている。講演が先で本が後であることを喜んでいる。この本で予習していったら、講演は既視感のあるものとなり、僕をこんなにわくわくさせなかったかも知れないから。今日の講演では掴み損ねていたような内容を、本でゆっくりじっくり味わうことができるかも知れないから。くどいようだが、こういうたまたまを過大評価するのが、僕は好きなのだ。
 今日の話で、2010年11月発行のこの本に載っていないのは、震災後のことだ。釜石の防災教育の大いなる成果は、単なる防災教育だけでなく、地域教育、歴史教育と三位一体的に展開したから、成果を上げられたのだ、という話。もし被災地の復興に関わるのなら、「一生つき合う」と言う必要があるよ、という話。日本にはリーダーがいないと言われるが、復興の現場を含め、リーダー不足は心配していない、むしろ、人間サンドバッグのようにあちこちから叩かれる損な役回りを引き受けながら、リーダー同士をうまくつなぐ事務局的人材の不足を心配している、という話。質疑応答の中で出た「「希望」と「計画」は概念定義の点ではとても似ている」という話。などなど。おもしろかった。
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by mono_mono_14 | 2012-02-16 23:57 | 雑/quotidiana | Comments(0)

挑む冬。

Fa freddissimo!!!

 オフィスが寒い。とりわけ膝下がひどい。床上30cmの層に強い寒気が流れ込んで居座っている。さらにとりわけると、僕の席がひどい。「いや、まじ、さむい」とか言いながら堪え忍んでいるあいだに、おそろしい病魔が忍び寄っていた。気づかなかった。痛恨の極みだ。まあ、つづめて言えば、両の足指がしもやけになりました、という話ですが。先日、思わず皮膚科を受診してしまった。44歳児、人生初のしもやけ加療に挑む冬。会社の席が甚だしく寒いがために患ったしもやけは労災ではありますまいか。
 春までは、まだもう少し、あるよなあ…。
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by mono_mono_14 | 2012-01-23 20:29 | 雑/quotidiana | Comments(0)