カテゴリ:伊/italia( 35 )

『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』

Mi sono visto un film italo-francese "Sacro GRA" che mi ha fatto pensare della vita, quella dolce, amara e bella.

 久しぶりに映画を観た(…と思ったのだけれど、春に「アナ雪」を観たな、そう言えば)。
 『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』。お盆休みの土曜日に封切りされた映画をその翌日に観に行くという、異例のフットワークで。スタートで行っておかないと、あ、明日までだった…とか言いながら見逃す予感がしたので。ドキュメンタリー映画として初めてヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したのだそう。原題は『SACRO GRA』(聖なる大環状線)。ローマ郊外をとりまく全長約70kmの環状高速道路(GRA)の辺りで淡々と送られているあの人この人の日常を重ね合わせた寄木細工のような作品。

 ローマに行ったとしても、観光客の立場であれば絶対に行かないだろう辺りに、当たり前のことだけれど、頭に想い起こされるローマらしさとは無縁と言ってもよいような普通の人生が無数にちりばめられている。スポットライトを浴びるわけでもなく、かつて想像した未来とももしかしたら違った筋書きを呈しているかも知れない、そんな人生が、無数に。それらを細かく丹念に、でも淡々と重ね続ける93分の後に、生きることの掛け値なしの素晴らしさが、上澄みのようにじんわりとにじんでくるのを感じ取っている。必ずしも甘露ではなく苦みがあるかも知れない。それでも、生きるということの極上の味わいであることは確かだと思う。
 パンフレットに掲載されている監督のインタビュー(正しくは対談だけれど)を読んでいると、このような映画が撮れること自体がちょっとした人生の奇跡のように思えた。

 本編が始まる前に流されるいくつかの予告編を見ていると、お、観てみたいなーと思ったりした。まさにそう思わせるためにつくられた短い映像は、さすがによくできているのであった。そして、映画は映画館で観てこそ映画だなぁなどということも思ったりした。
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by mono_mono_14 | 2014-08-18 21:58 | 伊/italia | Comments(0)

伊コヒイキな年明け

Buon anno nuovo di pieno di Italia sul BShi. Non so perche' l'NHK ha programmato cosi' ma ovviamente ne sono contento. Penso che tanta la gente giapponese pensi che ci siano alcun suggerimenti nelle storie italiane per fare la vita quotidiana meglio come ci credo da sempre.

 謹賀新年。なぜかイタリアづくしのBShi。すぐれた伊コヒイキ(どんなだ)であれば、テレビにかじりつき、録画しまくり、一滴残さず堪能するのだろうけれど、あんがい(…ではないかも知れないが)ずぼらな伊コヒイキである僕は、ぽつぽつとしか観ていない。それでも、このように、理由はどうあれ、イタリアが注目されているという状況は、どことなく嬉しいというか、心地よいというか、まあ、さいさきいいなあと思ったし、そして、観ればやはりおもしろい。世界ふれあい街歩きがかすむくらいに。アル・ケッチャーノの奥田政行さんがピエモンテに行ったやつとか、野村佑香さんがジェノヴァからヴェネツィアまで港町をめぐるやつとか、知花くららさんがスカラ座の初日の雰囲気を体験するやつとか。
 そんなわけで(どんなわけだ)、今年は心持ちイタリア濃度を高めにしてみるか(どんなだ)と思ったりした年明け。さて、どうなるやら。Vediamo。
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by mono_mono_14 | 2011-01-11 14:40 | 伊/italia | Comments(2)

サルシッチャを焼いて。

 過日、暑すぎた夏から見れば氷雨と呼んでもいいような冷たく強い雨の中、BBQにいそしんでみたりした。たいそう酔狂なり。実を言えば、BBQはほとんどやったことがない。なので、焼いているフリをしながらビールを飲んだりしているだけだった、かも知れない。荒れた天気のこともあり、始まるまでは気乗りしていたとは言えなかったのだけれど、いざやってみれば、思いのほかおもしろく、毎週やってもいいんじゃない? と思いそうなほどで、我ながらびっくりした。おそらく勝因(?)は、雨の打ち付けるテントの下に集まって、無秩序に煙をもうもうと立てながら、これってイタリアの休日っぽいじゃないか、という錯覚が湧き起こってきたことにあると思う。伊コヒイキ健在なり。
 惜しむらくは、鉄板を占めていた割合が最も高かったのがヤキソバだったという辺りが、イタリアの休日とはずいぶんとかけ離れていた感が否めないところか。これがサルシッチャと赤ワインだったりしたら…と妄想をたくましくしながら、密かにBBQ熱を高め、次回に備えたい。今のところ次回の予定はない。

 しかし、サルシッチャを焼いて食いたい、という思いだけはむやみに募ってしまい、近所にある通称「イタリアのお店」に行った。自家製サルシッチャと赤ワインを購入するのだ。
 「イタリアのお店」は、そのすぐそばで営業中のリストランテが始めたワインと食材の店だ。以前は生ハムやチーズ、乾燥パスタ、オリーブオイルや調味料などとワインを置いていただけだったのだが、やがて試飲的立ち飲みができるようになり、リストランテが仕入れる野菜たちや、リストランテ自家製のお総菜なども置かれるようになりと、日増しに充実度を高めている。少し前から、店の入口扉にこんがりと焼けた自家製サルシッチャの写真が貼られていることに気づいていた。BBQがもたらした思いがけないシアワセ感は、「あれをゲットせよ」との脳内指令を発するに至ったのだった。
 サルシッチャを熱したフライパンに放り込み片面6分、ひっくり返して6分焼くだけ。辛いソースとともに至福のひととき。ああ、これをじゃかじゃか焼きまくるようなBBQをやってみたい…と妄想の続編に浸りつつ、赤ワインをもう少し。
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by mono_mono_14 | 2010-09-25 23:04 | 伊/italia | Comments(4)

『新しい戦略 景観』

I paesaggi sarebbero potuti situare per le nuove storategie urbane anche in Giappone. Sono andato ad un seminario "Nuove strategie di paesaggio" all'Istito Italiano di Cultura. Ho potuto sapere che anche in Bel Paese ci sono dei paesaggi peggio e gli urbansti cercano le soluzioni che mi hanno confortato.

 仕事は押していたが、朝から晩までシンポジウムに出てみた。イタリア文化会館のアニェッリホールで開かれた『新しい戦略 景観』と題されたシンポジウムは、一部、期待はずれの部分を含みながらも、なかなかに刺激的なものだった。アルベルト・クレメンティ教授とモゼ・リッチ教授のプレゼンテーションが興味深かった。クレメンティ教授が編集したというビデオは売ってほしいほどの内容だった。彼らの講演や発言がイタリア語で理解できたら、もっとよかった。わりとゆっくりと話してくれていたけれど、僕のイタリア語能力でどうにかできるわけではなかった。

 観光客として駆け足を披露する限りではあまり気づかないことかも知れないが、イタリアにだって、日本と同じように、インターチェンジ周辺の乱雑で大味な景観もあるし、リゾート法に踏み荒らされた後に見捨てられた海岸や山麓もあるのだった。当たり前か。でも、そういうことが当たり前だとは思っていなかったし、そういうことは伝えられてこなかったのだ。
 いま、イタリアで大きな力が注がれていることのひとつに、身近などうってことのない景観に価値を見出し、その価値を高めていくことのようで、そのことを聞けただけでも、このシンポジウムに出た甲斐があった。そういうアプローチは日本にだって必要なはずだし、いま、僕が関わっているとある仕事にも、ほとんど直結していると言ってもいいほどの眼差しなのだった。脳のどこかがちょっぴり覚醒した感じがした。血管が詰まったんじゃないだろうな。
 この後、夕方6時半を回ってから会社に戻り、会社を出たのはそのほぼ12時間後ということになってしまったのだけれど、でも、よかった。

b0018597_1335265.jpg このシンポジウムは、事前の参加申込は必要なのだが、無料だった。にも関わらず、簡単なランチが振る舞われた。カポナータ、ラザーニャとラビオリ、パン(と言うかグリッシーニとケーキ)のワンプレート。飲み物つきで飲み放題。驚くべきことにと言うべきか、当然のことながらと言うべきか、その判断は迷うが、ワインも並んでいる。昼食時間に割り当てられているのは1時間半(長)。昼休みの始まりは13時半(遅)。いろんなところがイタリアなのだった。
 初めて入ったアニェッリホールは、そのシートがカッコよくて驚いた。本革張りだ。カッコはいいものの座り心地が悪そうな見た目だが、その予想を裏切る快適さで、また驚いた。その辺の映画館なんて到底敵わない。デザイン王国の底力を見せつけられた思いがした。いろんなところがイタリアなのだった。
 シンポジウムの時間割は、ふたを開けてみればめちゃくちゃで、45分の見積もりが20分程度で終わってしまうところもあれば、150分の見積もりの中に180分を超えるような企画が並べられていたりした。午後の部はいかにも消化不良に終わってしまった。いろんなところがイタリアなのだった。
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by mono_mono_14 | 2007-05-30 23:59 | 伊/italia | Comments(2)

極上の安ワイン

Una mia piccola storia milanese.

僕がイタリアに惹かれるようになった理由を僕はもはや覚えていない。そのようなものがあったのかすら、今となっては見透かすことのできない霧か雲の向こうに隠れてしまった。毎年のようにイタリアへ足を運ぶ人たちも少なくないことに照らしてみれば、僕がイタリアに惹かれているのかどうかすらも怪しくなってきそうだ。

初めての(そして今のところ最後の)イタリア旅行の終わりに僕はミラノに滞在した。ほんの二晩か三晩ほどのささやかな滞在だ。
モンテナポレオーネのいくつかのブティックでは、あからさまに嫌日な空気をひしひしと感じた。僕がミラノに滞在していたほんのわずかな期間に関して言えば、えげつないショッピングぶりを披露していたアジア人は大陸の言葉を話していたが、イタリア人の店員たちには知ったことではないのだろう。少なくとも、そういうえげつないレールを敷設したのは、しばらく前の日本人であったことはたぶん間違いのないことだ。

[つづき]
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by mono_mono_14 | 2007-05-11 18:51 | 伊/italia | Comments(4)

いんちきイタリア語の原点

 僕のいんちきなイタリア語の学習は、週に90分のレッスンを1回、年間にせいぜい20-30回受けるだけ、という方法だった。そして、とうとう週に90分のレッスンを受講しようということすら放棄する状態に到った。いや、受講できるものならしたいのだけど、出席率が5割を切るのが見え見えな状況を冷静に鑑みての判断だ、という言い訳はあるのだけれど。しばらく前に、いかにも自習に励みそうなことを言ってみたものの、その勢いもすぐにしぼんでしまった、と正直に告白しておく。
 ・・・などと思いながら昔のノートをぱらぱらめくっていたら、宿題の作文が出てきた。3年半前の日付が入っている。僕の原点のような拙い短文だ。原点の意味がよくわかりませんが。この作文(と言うかその中身)のことは、実は、これまでにも何回か触れてきた。最近、いんちきイタリア語がほとんど添えられないことに忸怩たる思いもないではないので、思い切って掲出してみる。思い切るな。

つづきはウェブで。
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by mono_mono_14 | 2006-11-08 21:47 | 伊/italia | Comments(2)

イタリアンのチカラ

Ho fatto gli spaghetti con cavolo e maiale. Buoni. Con un ricetta da ochiai-san come sempre. Facile. Dopo una settimana amara del lavoro fare la cucina italiana aiuta a confortarmi un po'. Forse con la cucina dell'altro paese non mi faccia cosi'.

 シゴトの上でのちょっとした行き違い(向こうは僕の失態と思っているけれど)、徹夜作業、嵐でずぶぬれと、何だか週が進むに連れ冴えなかった1週間(まあ、僕の場合、そんな週がほとんどなわけですが)。そんな週の金曜の晩には、なんとなく、スパゲッティなど、つくってみたくなるわけで(もちろん居酒屋の扉を開けたくなることもあるわけですが)。

 最近の僕は、パスタをつくるとなれば落合さんのレシピばかり繙いているのだけれど、実は『ラ・ベットラ』にはまだ行ったことがない。だから、僕がつくるパスタが、オリジナルの何%くらいに達しているシロモノなのかはわからない。希望的観測では38%くらいには達しているのではないかと思っているのだけれど。一度、ホンモノを食べてみたいとは思っている。
 キャベツと豚バラ肉のスパゲッティ。僕のレシピじゃないのでここで公開するのは控えるけれど、とても簡単。コンビニですら手に入る材料でできる。自皿自賛の能力を発揮して美味しい美味しいと食べる。料理するのって、なんかポジティブな作用がある気がしていて、とりわけイタリアンにはそのチカラが強く備わっているように思う。・・・と、相変わらず無根拠にイタリア贔屓な僕である。一緒に安くなっていたフラスカーティを開けた(空けたではない)。

おまけ
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by mono_mono_14 | 2006-10-06 23:59 | 伊/italia | Comments(4)

新宿 in italiano

 新宿駅南口の辺りは道路工事が真っ盛りで仮囲いがずらっと並んでいるのだけれど、それがちょっとしたパブリックアート気分の仕上がりになっている。と言っても写真やメッセージで覆い尽くされているだけのことで、かえって乱雑感を増しているような気もするが、まあ「工事中」の風景をどうするかということについては、最近、あれこれ考えられるようになっていて、これもその一環だ。
 ふと、メッセージにイタリア語が混ざっていることに気がついた。また端までもどってチェックし直す酔狂な僕である。結果、3つのメッセージが発見できた。それがこれ。
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 掲出するイタリア語はいんちきであることが本ブログのポリシーではあるが、たまにはいんちきでないと思われるイタリア語も掲げてみた。・・・いや、普段だって、決していんちきなイタリア語を掲げたいわけではないのですよ、すみません、すみません。

訳文はこちら
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by mono_mono_14 | 2006-09-29 17:06 | 伊/italia | Comments(2)

なんでだか思い立ち小声にて

Onestamente adesso non faccio quasi niente di studiare la lingua italiana. Attualmente non intendo di smetterlo ma.... Forse devo forzarmi a cercare i tempi per studiarla. Ok, d'accordo, allora da questo fine settimana ricomincio a studiarla da solo pian piano, anche se per una decina di minuti al giorno. E' un piccolo entry per forzarmi. Cari lettori, scusatemi!

 なんだかね、イタリア語からはずいぶんと遠ざかっているような気がするわけで。ずるずると日常に流されてるばかりで。ガゼッタやレップブリカのサイトをチラ見してジョヴァを聴いているくらいで。検定とかを受けたりもしないし。いかんですよ。・・・と、なんでだか思い至り、少しぐらい勉強する時間を捻出する努力を課すことにするか(って回りくどいな)、となんでだか思い立った。・・・ということをメモにしておくためのエントリ。おおひどい。すまん。でも、こうやってエントリすると、ちょっぴり効いたりするのでお許しあれ。必ずしもいつもうまくいくわけではないのだけれどね。
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by mono_mono_14 | 2006-09-22 22:00 | 伊/italia | Comments(2)

昔、見つけたカードのこと。

Una cartolina artistica che ho trovato alcuni anni fa all'Istituto Italiano di Cultura di Tokyo. Non capisco la filiazione di questa cartolina ma quell'ambiente mi piace.

b0018597_1117825.jpg たぶん、僕がイタリア文化会館に通い始めた頃に見つけたカード。やわらかいクリーム色の地にいたずら書きのようなペン画が描かれている。先日、家の大掃除(というか日頃のツケを払っていただけ)をしていた時に久しぶりに再会。
 これがどういう性格のカードだったのか、もはや辿る術がない。ウェブのURLが書かれていて、当時は確かにこの作品と関係のあるサイトだったのだけれど、先ほど試したらまったく関係のない住人が現れた。
 イラストと詩(のようなアフォリズムのような文章)が書き添えられている。手元にあるのは2種類で、1つは蜂のようななりをした、忘我の境地にある指揮者のようなカッコウをした人(たぶん)の絵で、もうひとつは雨に打たれながらうなだれてとぼとぼと歩く犬か何かの四つ足動物。どちらも味わい深い。
 添えられている文章も悪くない。うなだれた犬(?)の方は「Sto cercando un rifugio solo per me. Non ce la faccio a sospirare qua......」なんてことになっている。沁みる。意味が正しく取れていないかも知れないけれど(爆)、沁みる。
 残念ながら“指揮者ふう”の方はカードが傷んでしまっていた。表面がところどころはがれてしまっているのだ。さいわい“犬(?)”の方は健在だった。せっかく見つかったことだから、簡単な額装でもしてどこかに飾ってみようかな。しかし、これ、何のカードなんだろう。うっかり知っている人など、いらしたりしないか。
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by mono_mono_14 | 2006-09-01 01:30 | 伊/italia | Comments(0)