カテゴリ:音/musica( 121 )

驚異のメキシカン・マリンバ

 世界遺産の街のセントロで聴いた爺ちゃんたちのメキシカン・マリンバの野外演奏がとてもよかった旨の現地報告を目にして、へぇ、どんなもんだろう、と試しに入手してみた『驚異のメキシカン・マリンバ』。その邦題も驚異だ。
 メキシカン・マリンバという楽器のことは、知らない。マリンバという楽器のことも、「木琴?」という程度にしか知らない。僕が勝手に思い描いていたのは、ティト・プエンテ的なイメージだった。プエルトリカン・ヴィブラフォン。メキシカン・マリンバ。仲間を感じるだろう。そして、CDプレーヤーから流れてきたのは、全く違う音楽だった。とても素朴な、村の秋祭りのフォークダンスのような、大道芸のストリートオルガンのような、ともかく、グルーヴィでタテノリなラテンではなかった。えー、聞いてないよー、と思った。確かに、聞いてないままに買ったのは僕だ。
 しかし、そんな第一印象(というか思いこみとの違い)ではあったのだが、案外、スルメだったのだ、これが。熱心に聴き込んだりはしていない。ただ、環境のようにそこに流しっぱなしにしている。すると、じわじわじわーと染みこんできて、ちょっと凝ったところを軽く指圧して、去っていく。ヒーリングとか癒しとかいう感じではない(のは、その語感を僕が好かないということもある)。適当な言葉を探すと、ストレッチとか足湯とかキャッチボールとかそんな感じ。たとえが三者三様すぎるが、ほぐれ感のイメージは何となく伝わるのではないか。伝わらないか。
 曲調や演奏自体は、僕が好んで聴いてきたラテンとはかなりおもむきが違う。敢えて言えば、ときおりブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ的なニュアンスが漂う時があるが、それくらい。ストライクゾーンにピタッときた曲というわけでは必ずしもないのに、ついついかけてしまうのは不思議だ。好ましく感じつつ、引き込まれすぎない、というのがシゴト中の環境として、ピタッときた、ということなのかも知れない。しかも、気がつけば、何となく気分も前向きになってきたりしていて、ちょっと驚く。確かに、驚異のメキシカン・マリンバだ。
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by mono_mono_14 | 2012-02-25 21:02 | 音/musica | Comments(0)

ビーディ・アイ

Forse avevo bisogno di un po' di intervallo dopo 11 marzo, e finalmente ho scritto una piccola impressione sul album dei Beady Eye. Un album positivo.

 ベイビ・カモン! シンプルすぎるシャウト。Beady Eye『Different Gear, Still Speeding』。リアム・ギャラガーのボーカル。『Definitely Maybe』のようでもあるけれど、聴けばやっぱり重ねた年月が声ににじみ出ている。成熟というか、老練というか。にもかかわらずというのか、オアシスをご破算にして再出発なわけだから当然といえばそうなのだけれど、どの曲もポジティブなヴァイブにあふれている。音づくりへのこだわりというようなことよりも、メッセージ云々というようなことよりも、ただただロックを演奏することの喜びの方がはるかに凌駕している。そのメンタルの若さ、みずみずしさが全開だ。とりわけ中盤、M6「Bring the Light」(先行シングル)からM10「Wigwam」にかけての流れがスバラシイ! M12「The Beat Goes On」も佳曲。いろいろあったけどプラマイトータルで見ればいい日だったなという一日の夕焼け空のよう。
 ビートルズへのトリビュートアルバムなのかと思うほど、ビートルズ風味が感じられる。ついでに言えば、キッス風味もある。あと、William Pearsを思い出させるところもある。こういった印象をつなぎ合わせているのは、まつがいなくビートルズだ。そういうことを感じるたびに、ビートルズがどれだけ本質的で先端的だったのかという事実も同時に思い知らされるわけだけれど。そして、ロクにビートルズを所有していないことにも思いいたるわけだけれど。

 彼らがZEPPで演るというのが信じがたい。歴史に残るライブになるんだろうな。言うまでもなく、とっくにソールドアウト。いくらなんでも出足がもったりしすぎていたクワランタトレなのであった。惜しまれる。もっとも、すっかりなまったクワランタトレが、その場に耐えられるか、わかんないけどね。・・・という来日公演もやむなく延期になった。秋を目途に再調整とのこと。再挑戦できるか、クワランタトレ(秋にはすでにクワランタクワトロだが。ライブハウスっぽくていいじゃないか)。

 ひと月以上前に聴き、書き始めたものの、3.11以後の世界に飲み込まれているうちにすっかり忘れてしまっていた。あらためて聴き直して書き上げて掲出。僕は元気です。東京都心の桜ももう終わりかな。
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by mono_mono_14 | 2011-04-08 19:53 | 音/musica | Comments(0)

Giovanni Allevi『alien』

 ものすごく久しぶりにCD屋に寄って、日増しに縮小されている傾向があらわなイタリアの棚にジョヴァンニ・アレヴィの新譜『alien』を発見し、レジへと運ぶ。つい先頃、来日公演があったのは知っている。ものすごく馴染みのエリアの会場で演ったのも知っている。行けなかったのだ。いろいろあるのだ、43歳児なりに。
 聴きながら思う。ジャズとか名づけなくてもよいな、と。ジョヴァンニ・アレヴィのピアノ。そういうジャンルってことでいいのではないか、と。
 今日あったことを次から次へと息せき切って伝えようとする子どもの声のように、夕暮れの川面を抜けていくそよ風のように、卒業式のあとに思い返す3年間の思い出のように、どうしても譲れないなけなしのプライドのように、自分の小ささに打ちのめされ打ちひしがれる夜更けのように、こごえる両手をじいんと暖めるマグカップのように、傘を持ち合わせていない日の通り雨のように、授業をさぼって眺めていた海のまばゆさのように、日だまりに揺れるたんぽぽの花のように、落ち葉をたたえた池のほとりで聞こえる鳥のさえずりのように、明日を信じる小さく確かな微笑みのように、ジョヴァンニ・アレヴィのピアノが響いている。それでよいのだと、確かに思う。ピアノだけが響く至福の1時間。
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by mono_mono_14 | 2010-12-13 23:49 | 音/musica | Comments(0)

つかの間の、地中海。

 暑すぎた夏が、ようやく重い腰を上げて立ち去ろうとしたころ、僕のところにひとつの音楽が届いた。1枚のCDを買ったということだが。Fabrizio de Andre『Creuza de Ma』。『Rimini』がよかったので。
 『地中海への道程』という邦題がついているこの1枚は、どういう感じであるかを簡単には言いがたい。少しケルトのようだし(レッド・ツェッペリンを想起させるニュアンスがある)、アラブの色彩も強い。シタールのような弦の調べもある(ポール・ウェラーのやった「Mather」を思い出した)。リンガラ・ポップを彷彿とさせる軽快なギターの音もする。アフリカらしき打楽器も響いている。邦題が示すように、地中海をとりまくあちこちの土着的な音が、地中海をめざして集まってきたかのよう。なるほど、文明の交差点、地中海。
 演奏は、半時間ほどの短いアルバムを通じて、どちらかと言えば穏やかで、ドラマティックなアレンジはほとんど見られない。バルセロナ・ミクスチュア・シーンのような文明の交差点の喧噪という趣ではない。さほどメロディアスでもない。でも、穏やか気味の音の中にも不思議な昂揚感があり、同時にそこはかとない寂寥感がある。この昂揚感と寂寥感はどこから来るのだろう。
 イヤフォンから流れてくる音楽に身を委ねてみる。やや傾き賭けた陽射し、まとわりつく暖かな風、海と空の重なり合う彼方を見やる遠い視線。これは、海が持つ昂ぶりであり、寂しさなのだ。このアルバムが流れるつかの間、僕は地中海のただ中に我が身を置いているのだ。
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by mono_mono_14 | 2010-10-07 22:43 | 音/musica | Comments(0)

Fabrizio de Andre『Rimini』

 夏はやっぱり海でしょう。今年もまた行ってないわけですが。海と言えばリミニでしょう。全く知らないわけですが。
 少し前のBRUTUSが海特集で、その中に海っぽいアルバム紹介のようなコーナーがあり、ファブリツィオ・デ・アンドレの『リミニ』もリストに並んでいた。アルバムどころかアーティストそのものすら知らず、かつリミニのことも何も知らないが、詐称湘南ボーイの伊コヒイキとしては乗らない手はないだろう、とオンライン経由で購入。即納してくれるとのことだったので。
 夏の海が放つまばゆい煌めき。それは、儚い虚構の上に成り立っているひとときのファンタジーだ。このアルバムは、そのことをじんわりと浮かび上がらせている。ファンタジーに身を委ねる陶酔と、それが虚構の中で成り立っていることを知る覚醒と。それらがないまぜになったアンビバレントな白日夢。それが夏の海だと僕は思う。
 『リミニ』に収められている10曲は、寛いだりはしゃいだりしながらも、どれもどこか芯で醒めている。ジャケットやブックレットにあしらわれているモノクロームの写真、そこにも弾けた開放感はほとんど表れていない。どちらかと言えば悟ったような表情が並んでいる。ひとりくらい笑っていてもよさそうなものだけれど、誰もが何かに思いを馳せているような表情だ。確かにそれらは「夏の海」をよく表しているように思う。『日はまた昇る』が夏の喧噪と倦怠を切り取ったように。
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by mono_mono_14 | 2010-08-25 10:45 | 音/musica | Comments(0)

『Arrullos』

 徹夜でイマイチな準備を整えて向かった打合せが終わり、昼飯でも食おうということになって荷物をまとめて外に出たところで、打合せ先の事務所に傘を忘れたことに気づいたのだが、今このタイミングよりも食後に取りに戻らせてもらった方がいいよなと思い、連れられていくままに近所の天ぷら屋ののれんをくぐり、揚げたての天ぷらが次々に供されるお昼の定食をごちそうになったのち、礼を言って店の外に出たら、朝方の雨模様がウソのような爽やかなことこの上ない晴天で、ますます傘を取りに戻りたいというのが憚られたのだけれど、しかし、そのまま傘を忘れっぱなしにしておくというのはもっといただけない話だということはわかっていたので、傘を取りに戻りたい旨をおずおずと伝え、再び打合せ先の玄関にお邪魔して、無事に傘を手にしてエレベーターを降りてきたところで、ひとりぽつんと疲労感と開放感と雨のち晴れっぽい薫風を感じて深呼吸をひとつして、軽やかとはほど遠い足取りで駅に向かう道すがら、ふとHMVに吸い込まれてしまい、「WORLD」の棚でひとしきり時間を費やしたものの、結局、何も買わずに引き上げかかった時、明後日の方角の棚に買いたいと思っていた1枚『Arrullos』を見つけたので、いそいそとレジを経由してから帰社の途に就き、今どきそんなふうに音楽を聴いている人を見かけなくなりつつあるのだが、机の片隅に置いてあるCDラジカセにセットして、眠いことこの上ない体調にもかかわらず、さながら子守歌集のようなピアノとボーカルのアルバムを聴く、というチャレンジングな振る舞いに打って出たところ、思いのほか眠気を催さずに心地よく聴くことができているのは、ひとつにはカルロス・アギーレの抑えの効いたピアノが素晴らしいことと、ふたつにはフランセスカ・アンカローラのボーカルがはにかんだ笑顔のように沁み伝わってくることによるのだろうな、などとひとり頷きながら、一文だけ感想を書こうと思い、仕事はちょっと脇に追いやり、アルバムを2周目に突入させている。
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by mono_mono_14 | 2010-05-12 17:07 | 音/musica | Comments(2)

Jovanotti & Soleluna NY Lab『OYEAH』

Fortunatamente ho trovato il nuovo live album di Jovanotti casualmente. C'e stato un funky Jova nel disco (cioe' sullo stage) che mi sono divertito (tanto)3.

 不覚にも知らなかったのだが、ジョヴァノッティのライブ盤がHMVの片隅にひっそりと紛れ込んでいた。たまたま見つけた。幸運なり。いつ出ていたのだろう。2009年7月のニューヨーク公演の模様。名義が Jovanotti & Soleluna NY Lab となっていて、タイトルは『OYEAH』。
 『Safari』を筆頭に最近のアルバムからの選曲が中心で、直前に急逝したMJに捧げたのであろう彼のカバー曲なども収められている。ロマンティックな吟遊詩人のジョヴァはどちらかと言えば舞台袖に控え、ファンク=ヒップホップ小僧のジョヴァがステージを駆け回っている。ブレイク直前の若造のような駆け出し感のあるライブ。大会場が大合唱というイタリア本国でのライブとは一味違う緊張感が心地よい。
 特にオープニングの3曲が圧巻。MCに続いて始まるオープニングの「Safari」の前のめりでクールなキレ。続く「Coraggio」もリズムセクションのキレっぷりが際だっている。そこからメドレーのようになだれ込む「Wanna Be Starting Somethin'」は、会場との一体感とリスペクトに溢れている。艶っぽいホーンの厚みもかっこいい。「Dove Ho Visto Te」からメドレーで展開される「Piove」や、アルバムのハイライトトラック「Penso Positivo」のクラクラするような疾走感がすごい。
 アルバム全体としてみれば、ジャジーな趣なども放ちつつ、とにかくグルーヴィに疾走している。痛快。この12曲入りのライブ盤の他にスタジオ録音やオフィシャル・ブートレグを収録した1枚が添えられている。

 ブックレットの最後にこうある。「to my wife Francesca who pushed me to play in NY」。フランチェスカさん、東京でも演るようにジョヴァの背中を押してくださいな。
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by mono_mono_14 | 2010-02-08 00:21 | 音/musica | Comments(0)

Caetano『zii e zie』

 新譜と言うにはいくらかすでに時間が経ちすぎているが、Caetano Veloso (banda Ce) 『zii e zie』を聴く。みずみずしさを失わないオトナがたどり着く、シンプルだけれど妥協のないこだわりで磨き抜かれた音楽。若き駆け出しのガレージバンドのような無邪気さをたたえる老練な奥行きのある音の深み。カエターノのボーカルは、時に国籍不問の朗読か詩吟のおもむき。演奏の前面にフィーチャーされているギターも印象的。
 エンディングの「Diferentemente」がとてつもなく心地よい。文字通り「違い」のわかるバンダを体現しているかのような曲。いや、例によって詞の内容は全く知らないのだけれど。

 ちなみに『zii e zie』というタイトルは『ジー・イ・ジー』とカナになっているのだが、僕にはイタリア語にしか見えず、従って「ジーイ・エ・ジーエ(ジーというよりズィーだが)」としか読めないのだった。そして、もちろん字面からは、ご無沙汰のおじさんとおばさんが押し寄せてくるのであった。あぁ、おじさん、おばさん、僕は元気です、外見は唖然とするほど変わり果てているかも知れませんけど、ええ、確かに僕なんです、元気でいます、おじさん、おばさんもお変わりなく・・・。
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by mono_mono_14 | 2009-08-24 16:07 | 音/musica | Comments(0)

Nessuna Ombra Intorno

 僕の手元に3枚目の『Safari』が届いた。どこかでamazonがキャンセルしてくるんだろうなあと思っていたクリスマスエディション。6週間ほど遅れたクリスマスプレゼント。8ヶ月ほど遅れた報告書納品よりずいぶん優秀だ。

 同じタイトルで3枚目ともなるとCDには目新しいものはない(実際、まだかけていない)。同梱されているDVDが命だ。『Nessuna Ombra Intorno』。サファリツアーのライブとバックステージ風景を織り交ぜたドキュメント。濃密な2時間を超える大作だった。再生方式の関係から、僕の場合、Macで見ることしかできないが、まあ、やむを得ない。さる業界筋からはPALも再生できる安価なデッキを持てとのアドバイスもあったのだが、それには至っていない。

 半ば立ち消えを予想していた1枚だってこともあるが、望外の喜びというか、嬉しい誤算というか、とてもよかった。彼らのイタリア語がほとんど何ひとつわからないところもよかった(よかない)。ステージ上のジョヴァノッティの顔に浮かぶシアワセそうな笑顔が印象的だった。
 収録されている演奏曲の順番が、ツアーのセットリストとどれほど近いものなのかはわからないが(調べればわかるはずだと思うが、名実ともに腰が重い)、どうやら「Safari」をオープニングに持ってきたのは確かっぽい感じだった。攻めのセットリストだ。すばらしい。

 なぜ日本に来ないのだ!?
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by mono_mono_14 | 2009-02-13 19:39 | 音/musica | Comments(6)

周杰倫『魔杰座』

 リリースしてすぐくらいから存在には気づいていたものの、なかなかレジへ運ぶに至っていなかったのは、ひとえにパッケージのサイズがイレギュラーだからだ。とうとうレジに持って行ったのは、ひとえにホロ酔い加減だったからだ。たぶん。周杰倫『魔杰座』。ジャケットの雰囲気は、ちょっと遠くへ行ってしまったような印象がある。
 以下、お約束的全曲寸評。

01「龍戦騎士」:ジェイらしいシアトリカルなオープニング。心持ちUKポップ風味なアレンジ。僕の嗜好的にはBメロがいい。サビにどこかしら往年のエイジアのような印象があった。
02「給我一首歌的時間」:佳曲。メロウなジェイ・ポップ。ジェイ調。・・・寒。いつまでもその辺りをひらひらと離れようとしない蝶のような優しい曲。ジェイ蝶。・・・再寒。こういう曲に僕はどこかしら桑田佳祐を感じてしまう。
03「蛇舞」:リミックスのようなアレンジ。どうせなら(と言うのは僕の言いがかりだけれど)、もっとケミカル・ブラザーズのようにしてみたらいいんじゃないかと思ったり。でも悪くない。
04「花海」:安定したジェイ・バラッド。美しい。こういう曲は、たぶん、ほんとに、いくらでも書けるんだろうな、と思う。ギターのアルペジオがきれい。おそらく意図的に危なっかしいジェイの高音もいい。
05「魔術先生」:前作の雰囲気を受け継ぐような1曲。引用もしているような気がする。街にサーカスがやってきた、みたいな感じ。実は悪くない。曲調は全く違うけど、サージェント・ペッパーズ(あるいはJovanottiの「Il Re」)。
06「説好的幸福呢」:ロマンティックなイントロ。語りかけるような甘く切ないヴォーカル。ポール・ウェラーもやっている感じのストリングス。静かにドラマティック。
07「蘭亭序」:中華的で叙情的。伸びやかなスケールと「音」としての歌詞が好もしい雰囲気。こういう曲にジェイを聴く価値(だか意味だか)があるんじゃないか。それが外国人リスナーの身勝手なキブンだとしても。
08「流浪詩人」:ジェイ・ブルーズ。山崎まさよし風のハープ。初期ビートルズ風のギター(間奏)。レトロスペクティブなアレンジ。
09「時光機」:ジェイらしい可愛げで明るい汎東アジア的ポップソング。僕は全く詳しくないので心当たりすらないのだけれど、誰か日本のアーティストがカヴァーに挑戦してみたりしたらいいのに、などと無責任&無根拠に思う。
10「喬克叔叔」:ラテン風アレンジに乗せた小芝居風ラップ調ポップ。さりとて、正直、僕の耳に特徴的に響くわけでもなかったりする。
11「稲香」:フォークギターを買った幼き頃を思い出してしまうイントロ。それはさておき、その後の音(声)の置き方は、ストリングスのアレンジと合わせて、とてもよい。ファーストインプレッションの範囲では僕的ベストトラックかな。ちょっとつくりが若すぎる気もするけど。でも、それがよいのではないか、と。
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by mono_mono_14 | 2008-12-12 02:45 | 音/musica | Comments(4)