極上の安ワイン

Una mia piccola storia milanese.

僕がイタリアに惹かれるようになった理由を僕はもはや覚えていない。そのようなものがあったのかすら、今となっては見透かすことのできない霧か雲の向こうに隠れてしまった。毎年のようにイタリアへ足を運ぶ人たちも少なくないことに照らしてみれば、僕がイタリアに惹かれているのかどうかすらも怪しくなってきそうだ。

初めての(そして今のところ最後の)イタリア旅行の終わりに僕はミラノに滞在した。ほんの二晩か三晩ほどのささやかな滞在だ。
モンテナポレオーネのいくつかのブティックでは、あからさまに嫌日な空気をひしひしと感じた。僕がミラノに滞在していたほんのわずかな期間に関して言えば、えげつないショッピングぶりを披露していたアジア人は大陸の言葉を話していたが、イタリア人の店員たちには知ったことではないのだろう。少なくとも、そういうえげつないレールを敷設したのは、しばらく前の日本人であったことはたぶん間違いのないことだ。



そういうわけで、ミラノの印象は必ずしも晴天ばかりでもないのだが、それでも僕に最も強く刻印されているその旅の思い出は、ミラノの地にある。
その旅は5月の半ば過ぎで、僕がミラノにいる晩に、アムステルダムではチャンピオンズリーグの決勝戦が催されていて、そのピッチに立つのはレアル・マドリーとユヴェントスだった。ユーヴェが欧州王者を賭けて戦う試合をイタリアでイタリア語の実況の生放送で観られるのは、僕にしてみればささやかな贈り物のようだった。イギリス北西部に鎮座する夢の劇場でユーヴェとミランの欧州頂上対決をスタンド観戦するような幸せと較べれば、較べようもないほどささやかではあるけれど。

ミラノの街を歩きながら、その試合をホテルのテレビで観るつもりだった僕は安い赤ワインを探していた。お総菜をテイクアウトできそうな店のあたりはついていた。
どの辺りにあるどのようなお店だったか、もうほとんど記憶がないのだが、僕はたまたま通りかかったエノテカの扉を開けた。
カタカナでサイトシーインと書いたTシャツを着ているも同然の僕を、そのお店はそっと受け入れた。疎ましげな視線を送ってくることもなければ、ウェルカム光線を浴びせかけることもなかった。

僕はワインのボトルが並ぶ棚に近づき黙々と目を走らせた。ワインのことがわかるわけではない。ラベルすら眺めていない。僕が見ているのは値札の数字だけだった。イタリアの通貨はまだリラで、何かにつけて桁数が無用の迫力を醸し出していた。
いくつもの値札を眺めてみると、最も安いランクだと10,000を切る数字が書いてあり、10,000台の数字を貼られたボトルになると、その数は少なくなかった。20,000を超えるには、それなりの本数を下に従えることになっていた。日本で1,000円を切るワインのイメージで買うならば10,000リラくらいをメドにすればよさそうな感触だった。僕はようやく棚から目を離し、ゆっくりと店内へと振り返った。

店員は2人で、客は僕らだけだった。振り返った僕に、グレーがかった髪をして大きな眼鏡をかけた品の良い初老のシニョーラが慎ましやかな会釈で応じた。僕はガイドブックに載っている程度のイタリア語すらおぼつかない状態だったが、それにも関わらず、イタリア語よりは多少はましな英語を用いる気はさらさらなかった。僕を見上げる小柄なシニョーラのその眼差しには、イタリア語が聞こえてくるだろうことに対する絶大の信頼が満ち溢れているようだった。

「・・・ロッソ、・・・ディエチ・ミラ」。僕の口から発せられたイタリア語はこれだけだ。これだけを言うために棚を眺めていたのだった。
シニョーラは僕の意図を100%理解した。「・・・ロッソ」でうなずき、「・・・ディエチ・ミラ」で任せとけとばかりに棚に歩み寄った。

いくつかのボトルを指さしながら、ゆっくりと話してくれているシニョーラの簡単なイタリア語を、僕はほとんど理解していない。ブォーノと聞こえれば、あぁ、ブォーノなの、とオウム返しに答えたりはしていたが、わからないものはわからない。今度は、ラベルやトータルの雰囲気を一所懸命に見ていた。シニョーラがピックアップしてくれた何本かから1本を選ぶのだ。こんな場面で活用できるような、僕が日頃からささやかなトレーニングを積んでいる技術と言ったら、ジャケ買いしかないのだ。

実際は、ラベルが決め手になったわけではなかった。決め手になったのは、シニョーラの「ティピコ・イタリアーノ」というひとことだった。もちろん、ティピコという単語は知らなかったが、ティピコ・イタリアーノは、滑らかにティピカル・イタリアンと英訳され、典型的なイタリアワインと和訳されたのだった。これぞ僕が選ぶべき1本じゃないか。そういう1本を抜き出してもらうために、僕は棚を眺め、イタリア語会話とはとうてい認められないイタリア語を繰り出したのだ。僕はその1本を選んだ。
会計に移りながら僕は心底満足だった。幸せとすら言ってもよかった。根拠なく言えば、シニョーラも幸せそうだった。ある意味、会心の買い物だった。

新たな客が入ってきた。元気な日本人の女の子だった。彼女は棚には一瞥もくれずに、つかつかともう1人の店員に歩み寄り、単刀直入にリクエストを告げた。
アイム・サーチング・レッド・ワーイン、ザ・ネーム・オブ・レッド・ワイン・イーズ・ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。
店員は表情をさほど変えずにうなずきながら棚に手を伸ばした。僕を包んでいたほんわかとした幸せは、ばつが悪そうに背中を丸めて小さくなっていった。たぶん、ブルネッロを抱えて出て行く彼女の方へと乗り換えることにしたのだろう。それはそれでいい。

厳選の1本はとても美味しかった。極上の安ワインとともに応援したユーヴェは敗れ、デル・ピエーロはフランスワールドカップを台無しにすることになる故障を抱えた。だからと言って、この日のささやかな幸せが色褪せるわけではなかった。[了]

イタリアワインを巡る800字のエッセイにイタリアワインのボトルの写真を添えて応募すると、うまくいけばアルファロメオ147が当たるというコンテストがある。この時のエチケットは残してあるはずなので、この話とエチケットの写真で応募しようと目論んだのだが、見つからない。見つからないから応募もできていないのだけれど、せっかく思い出した話なので書いてみた。リラの桁数のように無用に長い文章になった。すまん。
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by mono_mono_14 | 2007-05-11 18:51 | 伊/italia | Comments(4)
Commented by kchan0221 at 2007-05-11 20:28
monoさん、こんにちは。
応募すればいいのに~!今サイト覗いてきましたけれど、ワインの写真、
または団欒の写真、とありますから、問題ないかと~!!
これ、アルファロメオ以外にどんな賞が・・・。(笑)当たるといいですね~~!!
Commented by mono_mono_14 at 2007-05-11 21:18
>>kchanさん
当たりませんって(笑)。当たっても持て余します。諸経費かかるし、駐車場だけで毎月30K以上は持って行かれる暴力都市トーキョーです。ちなみに、このコンテスト、たぶんアルファ1台が賞品の全てだと思います。なかなかに意図が読みづらい企画ではあります。
Commented at 2007-05-12 21:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mono_mono_14 at 2007-05-13 18:41
>>鍵コメさま
当たりませんって(笑)。当たっても(以下略)。アルファロメオは魅力的なメーカーではありますけど。雰囲気があるよなーと思います。鍵コメさんのイタリア車も雰囲気ありそうですよね。今度、乗せてくださいね(いつだ(笑))。
大雑把に言って、店員さんには2種類(ないし3種類)あって、(1)売上が好きな人、(2)商品を客に喜んでもらうのが好きな人(あとは(3)客の相手がかったるいと思っている人)がいますが、2番のタイプに「ダマされてみる」のは、僕の割と好きな買い物のしかたです。ミラノには3番も多かったのですが(笑)、このおばさんはいい感じでした。たぶん(笑)。
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