人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『壊れゆく景観』

 川村晃生・浅見和彦『壊れゆく景観』を読み終える。僕の中では『犬と鬼』と同系列に位置づけられる本だ(そのつもりで買った)。「消えてゆく日本の名所」と副題にあるとおり、主として古典文学において賞賛されてきた、敬意を払われてきた、崇められてきたような風景を抜き出し、それが今、いかに無惨な姿に変わり果てているかを指摘する形で、景観軽視(あるいは無視、侮蔑)の傾向に異議を唱えている。「田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」などがポンと置かれたりして、百人一首が宿題と知的娯楽の合間をたゆたっていた頃(焦点が合わないくらい遠い目になってしまうローティーンの頃か、いや、もう少し前か)を思い出したりする(僕の記憶は「田子の浦にうち出でて見れば白妙の〜」だったが)。

 著者のふたりは古典文学者で、ゆえにこの著作を貫いている通奏低音は「文化的な歴史を軽んじる国土行政に対する怒り」であるが、その怒りには、添えられた写真を見れば、なるほど、いただけない、と思わせられるものがある。・・・のだが、曲がりなりにも1億2千万人が生活を営んでいる21世紀において、ヤマトタケルが見晴るかしたであろう碓氷峠とはまったく違う現在の碓氷峠の風景を嘆いてみても、読み手の僕は困惑するばかりだ。
 確かにこの本には、ほんとにセンスのかけらもない、風雅とは縁遠い、文化的とは言いがたい公共事業や行政あるいは民間企業の意思決定がいくつも詰まっていた。何に価値を見出してこのダサい事業を推し進めたのかなあと思わされた。それでも、人口減少時代に入るとは言え、しばらくは1億人で生きて行かざるを得ないのだ。それを前提とした現実的で具体的な作戦が必要なのだが、中世や近世を引き合いに憤ったり嘆いたりするだけだったのが、この本のとても残念なところだ。「・・・それを考えるのがあなたたちの職域でしょう」。わ、やぶへびだ。

 歴史、古典文学、風景などに興味のある人には、それなりにおもしろく読めると思う。ひとつひとつの題材がコンパクトにまとめられている辺りも読みやすい。
by mono_mono_14 | 2006-11-21 19:46 | 本/libro
<< 街の大きな病院にて。 教科書クッキンガーな週末。 >>