人気ブログランキング | 話題のタグを見る

若冲を見たか

 8月アタマに出たBRUTUSでも特集されていた伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)。現在、上野の東京国立博物館で27日までの会期で『若冲と江戸絵画』という展示が行われている。観てきた。観てない方へ。観とくべき。若冲の作品だけでもいいから。かなり混んでるけど。なお、秋に京都、新年に太宰府、春に名古屋と巡回していくようなので、上野が無理でもぜひそちらで。いやまじで。

 ジョー・プライスというアメリカの大金持ちが自分で買い集めた日本の絵画を見せてくれるという、微妙に屈折した感もあるこの展示。こういうコレクションができる金持ちってなんだべ? という庶民の感想はコインロッカーに放り込み会場へ入る。「第一章 正統派絵画」、「第二章 京の画家」、「第三章 エキセントリック」、「第四章 江戸の画家」、「第五章 江戸琳派」という5部構成で、若冲は「第三章 エキセントリック」をほぼ独りで占めている。とにかくここが圧巻。もちろん、長沢芦雪とか鈴木其一とか素晴らしいなと思った作品は多々ある。円山応挙だってある。それでも、やはり若冲を愛でる展示だと思う。若冲を観てから江戸の絵画を観る構成になっているのだけれど、若冲の後に観ると、こう言っては悪いけど、あー、上手に描けてますねー、はいはい、という感じで、どうでもよくなってしまう。いや、この鑑賞法は間違いというかもったいないというか決してお勧めできるものではないのはわかっているけれど、実感というものはどうしようもない。

 「花鳥人物図屏風」、「鶴図屏風」という六曲一双の屏風に仕立てられた、それぞれ12枚ずつの一連の作品がとても素晴らしい。特に鶴たちがすごい。一息で描かれた鶴の輪郭、その揺るぎのなさ。ああいう曲線を、筆の運びも含めて、一発で決めてしまうことのものすごさ。そして、軽やかでスピーディで滑らかな鶴の体とは対照的に定規のような精密さで真っ直ぐに伸びる脚の力強さ、描き込みの緻密さ。墨の濃淡だけで紡ぎ出される豊饒な表現。見飽きない。いや、もちろん、後ろの人がつかえるからその場で飽かず眺めているわけにはいかないのだけれど。
 しかし、それらの作品を凌駕して、とんでもないところまで連れて行ってくれる作品が「鳥獣花木図屏風」。これこそほんとうに見飽きない。方眼に切られたマス目の上に描かれた絵で、まるでタイルモザイクのよう。そこに描かれたあらゆる動物がひしめく空想の世界。そこにどんな世界を観ていたのだろう。どんな物語が広がっていたのだろう。宇宙的な絵だ。ほんとに見飽きない。いや、もちろん、後ろの人がつかえるから、ここでもまたその場で飽かず眺めているわけにはいかないのだけれど。
 他にも、アジサイの花とともに誇り高く描かれた鶏(「紫陽花双鶏図」)、松の枝に雄々しく留まる鶏(「旭日雄鶏図」)なども迫力満点で、若冲の描く鶏はさながら鳥類の王様のようにすら見える。

 若冲は画家としての力量はもちろんとても高いのだと思うが、それ以上にグラフィック・デザイナー、あるいはアート・ディレクションの力量がものすごい人のように思う。件のBRUTUSの表紙に書きつけられたフレーズはこうだ。「21世紀のクリエイターに最も影響を与える江戸時代の天才画家」。緻密に描き込んだ絵からも、さらさらっと書いたクロッキーやデッサンのような絵からも、おびただしいクリエイティビティがあふれ出て、観ている僕らを捉えて離さない。すごい。観るべき。いやまじで。
by mono_mono_14 | 2006-08-16 23:59 | 文/cultura
<< 『さよならナム・ジュン・パイク展』 アンダルシアの冷たいスープ >>