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コンビニ随想

 近所の生鮮スーパーがコンビニになって、やがてお酒を置くようになり、すぐそばにあった酒屋さんがしんどくなっている、という話を以前に書いた。この夏、酒屋さんのすぐそばで生鮮スーパーが開店した。今のところ、お酒は置いていない。すると、コンビニの客足が鈍っていて、新しくできたスーパーで買い物した人が酒屋でビールも買って帰っていったりしている。こういう現象を目の当たりに観察できてけっこう面白い。もっとも、もしスーパーがお酒を置くようになったら、状況はまた一変するだろう。
 もし家の近くに1軒だけお店があるんだったら何がいい? と訊かれたら、セブンイレブンと答えるかも知れない。でも、生鮮スーパーと酒屋があったらコンビニの優位性はすごく下がる。今、ここで話題にしている場所は、商店街と呼べるほどのところではないのだけれど、いわゆる商店街が全体で持っている底力は本当は大したもので、そのことを住んでいる人もお店をやっている人も、もっときちんと認識するべきだ。コンビニがあればオッケーだ、なんていう意識で暮らしちゃいけない。この続き(?)は、三浦展『ファスト風土化する日本』にて。さらにその続き(?)は、平田オリザ『芸術立国論』にて。・・・まあ、「続き」かどうかはわからないけれど、とてもおもしろい視点の本(どちらもハンディな新書)なので、ここでオススメしておきます。

 コンビニを少し悪者にしてみたけれど、それでも近所のコンビニがなくなると、とても不便を感じるだろうと思う。なぜなら、僕の不規則な生活時間に対応しているのがコンビニだけだから。大昔、「開いててよかった」というのがコンビニの売り文句だった。最近は、あまり聞かないけれど、今まさに、「開いていること」がコンビニの大きなアドバンテージになっている。もともと夜中に食べたくなった柴漬けが買えるのがコンビニのウリだったのだ。
 そこから出発して物販ではなくサービスを伸ばすことで都市生活における存在価値を高めてきた。証拠に生活雑貨の品揃えは20年前と変わらない低水準だ。サービスを伸ばす上で大きな画期をなしたのが、たぶん、公共料金の払い込みを引き受けたことだと思う。宅急便が出せて、カラーコピーが取れて、デジカメ写真の現像ができて、ATMがあって、チケットぴあにもなる。今日も宅急便を出し、セウ・ジョルジのチケットを買って、そのついでにエビアンも買った。売店を併設した日常生活サービスのサポートステーション、これがコンビニの姿であって、今後、この傾向が弱まることはないと思う。地方の特定郵便局長さんにもこの野心的な社会貢献に乗り出す機会を与えてあげてはいかがでしょうか、というのは無理やり持ち出してみたまた別の話。
by mono_mono_14 | 2005-08-21 16:53 | 街/citta
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