加藤順彦『若者よ、アジアのウミガメとなれ 講演録』

 加藤順彦『若者よ、アジアのウミガメとなれ 講演録』。加藤順彦さんが自らの歩みを振り返りながら、これからの時代を生き、拓いていく若者たちに向けて送ったエールを記録したものだ。


 「ウミガメ」というのは中国語の「海亀」のことで、中国では、若くして海外に飛び出し、学び、何かをなしとげて凱旋帰国した起業家たちをこう呼ぶのだそうだ。加藤さんは、これからの日本の若い世代にも、そういう「ウミガメ」のような人になってほしいという。加藤さんのその期待と熱望が文章のはしばしにほとばしっている。その圧と熱さに満ちた語りは、若者にしか響かないというものではなかった。くたびれた大人の、淀み静まった心の水面にも胸騒ぎのようなさざなみが立ち、ちょっと帆を上げてみないかと誘うかのような風が吹く。


 僕は、何かに二の足を踏むのを喘息のせいにしてきた。実際、この疾患は、僕のような比較的に軽い症状であっても、実際の行動に対する制約にはなるし、何かにつけ慎重に判断し行動することを求められる。発作が起きて医者に行けなかったら…という想像は、それなりの恐怖として実感できるものだ。大学生の頃からβ2刺激薬(気管支拡張剤)を頓用できるようになり、生活面での制約は劇的に小さくなったが、発作の怖さが消えることはなく、一方で薬効を過信した軽率な振る舞いも多くなった(喫煙習慣なんて、その最たるものだった)。僕は、そういう小さな軽率さは平気で積み重ねたくせに、ウミガメ的なマインドは一向に育てようとしなかったのだ。


 この先、ウミガメを取り巻く大海がどうなっていくのかはわからない。そもそも大海原に泳ぎ出るウミガメは、全体のボリュームから見ればほんの一握りではあるだろう。浜辺でのんびり暮らすシオマネキとして生きたいと思うかも知れないし(いや、シオマネキが浜辺でのんびり暮らしているのかは知らないが)、それも決して悪くない。それでも、ウミガメ精神を必要とせずに生きられる時代は、もう終わってしまうだろう。それは若者だけでなく、中年だろうと老人だろうと同じだと思う。むしろ、年齢を重ねていればいるほど、変化や挑戦を心がけないと、慣れ親しんだルーティンに居心地よく絡め取られ、静かに静かにバイタルを下げていく。そうならないための1つのアプローチが、ウミガメたちのマインドを胸に、どんなにささやかなものであれ、何かを願い、挑む日々を生きることなのだと思う。



 この本を手にしたのには、大きく2つの理由があった。1つは、僕の書棚の「未来への扉になるかも棚」に置いておきたいなと思ったことだ。いや、そう名づけられた書棚などない。が、子どもから見た父親の書棚なんて、わけのわからん縁遠さが居並ぶ中に、たまに一条二条のかすかな光を感じたりするものだろう。遠くない将来のある日、僕の書棚のこの本が、その背表紙から細い光を放つかも知れない。

 もう1つの理由は、巻末解説あらため巻頭演説となった田中泰延さんの6,900字を読んでみたいと思ったことだ。


 巻頭演説は圧巻だった。淡々とした語り口ながら、この本を書いた(講演をした)のがどういう人なのか(加えて、それを紹介している自分がどういう人なのか)を、軽い笑いも盛り込みつつ必要十分に紹介しながら、本文(講演)のテンションとグルーヴにぐんぐんと合わせていってバトンを渡す。ほら、オープニングのデトロイト・ロック・シティに先立つ “You wanted the best, you got the best. The hottest band in the world... KISS!!” みたいなやつだよ。すごかった。巻末でなく巻頭に置かれるべき文章だった。巻末に置かれる時には、JBにマントを掛けに来た感じの文章になるのだと思う。


 加藤さんと田中さんをつなぐエピソードの1つとして紹介されていた映画『Fly Me to Minami ~恋するミナミ~』。観てみたいなと思ったのだけれど、きっともう上映館もなければテレビでやったりもしないんだろうな…と半ばあきらめていたところ、ふと覗いてみたアマゾン川をゆらゆらと流れていた。おお、アマゾン、すべてを飲み込み流し続けるおそるべき大河よ。オンデマンドDVDの在庫ありという、いささか哲学的な状況にとまどいつつポチった。無事に届けば週末三連休のどこかで観る。あとは、「春夏冬 二升五合 大阪城」の湯呑みの寿司屋でおまかせを握ってもらう日をめざすのみだ。のみって。




 謝辞。この本(+恋するミナミ)にたどり着いたのは、改めて言うまでもなく田中泰延さんのツイッターをはじめとする惜しみのない(というか大盤振る舞いの)情報発信のおかげです。ありがとうございました。「泰延」を「やすのぶ」と打って変換していることは秘密。


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by mono_mono_14 | 2017-10-05 23:34 | 本/libro | Comments(0)
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