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連載・東北紀行(第10回)

10.石巻市雄勝町
 雄勝町(おがつちょう)は、2005年の合併で石巻市の一部になった。太平洋に面する小さな町だ。僕らが三陸海岸を駆け足で南下していたその時期には、雄勝町へ海沿いのルートで入ってくることはできなかった。南三陸町から内陸側に大きく迂回し、北上川に沿って海に向かい、悲劇の大川小学校に立ち寄ってから(やりきれなさが募った)、雄勝町に入るルートをたどった。
 だんだんと日が傾いていく時間だった。おりからの霧と相まって、遠くまで辺りの景色を見通すことは難しかった。被害は壊滅的で、警備員と遠くにいるダンプの他には辺りに人の気配はない。立入が制限されている範囲もある。まだ捜索も完了していないらしかった。静かだった。その静けさの中、公民館の屋上に乗っかった大型バスがくっきりと曇り空に浮かび上がった。不思議な時空間だった。
 辺りを少し歩いてみる。水面の近い小さな河川が、背骨のように市街地を抜けて海へと向かっている。後日、調べると大原川という名らしかった。素っ気ない三面張りの河川だけれど、この川が、雄勝の市街地に好ましいまとまり感とスケール感を与えていただろうと思う。大原川を中心に置いて、両側から市街地を抱きかかえるように緑の丘が海へと伸びている。いい街だったんじゃないかなと思わせる空間の骨格がある。その市街地が、おそらくはまるでダム湖のように津波で満たされ、その後に全てが奪い去られたのだと思う。川沿いにはインフォメーションセンターや雄勝硯伝統産業会館などの公共施設があり、それぞれ津波に打ちのめされた姿を呈している。叩き折られたコンクリートの壁、屋根ははぎ取られ、鉄骨の下地材もあちこちに押しやられ、ひしゃげている。鉄筋コンクリート造の建物がいくつか残ったのは、頑丈さだけでなく、建物の短辺が海に向いていたこともよかったのではないか。ただし、屋上までやられているので、高さは不十分だっただろう。
 地図で見ると、雄勝湾は、入り江のように懐の深い湾で、かつ途中で直角に折れ曲がっている。そんな屈曲をものともせずに津波はやってきて、湾の最奥部にある市街地を破壊していった。そのすさまじさを、僕らはほんの少し垣間見ただけだ。その懐の深い雄勝湾に沿って、いくつもの集落が張りついていたようだが、そのひとつひとつをそれぞれに巨大津波はなぎ倒して行ったのだろう。そういう集落をほとんど訪れることができていないのが、今回の駆け足視察の心残りだ。結城登美雄『東北を歩く』など読むと、なおさらそういう思いが強くなる。夕暮れが迫りつつあった。来た道を引き返して宿を目指す。あの日、大津波を内陸側へと運んでいった北上川の水面は、静かで雄大だった。

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津波に運ばれて公民館の屋上に漂着した大型バス。

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川沿いの風景。形をとどめる建物はごくわずかだ。

by mono_mono_14 | 2012-04-22 13:03 | 街/citta
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