思いがけない年賀状とイタリア

Penso che la gente che si interessa l'Italia starebbe anumentando. Non solo per il turismo ma per imparare qualcosa, per esempio per sapere divertirisi il centro storico. Studiare l'italiano continuamente mi farebbe significare, credo.

 年末、何度も書いてきたように身の回りのカタヅケすらもままにならないなか、シゴトでおつきあいのある方々に年賀状を書いた。今年は多くて(注:当人比)35枚くらいだった。もちろん(?)、たいていの人からはお返事(?)をいただけない。ほとんどの人が先生と言うか、この道の大先輩だったりするのだから当然だ。ところが、去年くらいから、思いがけず、1、2枚とは言え、僕宛に年賀状を送り返してくれる人が現れた。丁稚の小僧さん扱いから少しは昇進させてくれたのかもしれない(もちろん気のせいかもしれない)。
 今年も思いがけない方からお返事をいただいた。とある市役所にお勤めの10歳ほど年長の人だ。昨秋あたりから個人でホームページを始めたらしい(その宣伝がてらの年賀状であったかもしれない)。さっそく拝見した。失礼千万なことを言えば、まだまだ改善の余地のあるサイトだった(ほんとうに失礼ですね)。でも、自分の生まれ育った、そして今、その発展に日々奉仕している街のことを思いやるキモチが感じられるホームページだった。不覚にも少し心打たれたりしてしまった。そんなことを本人に伝えれば、一笑に付されるか、バカにされること請け合いだけれど。
 その人は、昨秋、イタリアへ旅行したのだそうだ(おぉ、なんて羨ましい!)。初めて訪れるイタリアの街が積み重ねてきた時間の重みに、心底感じ入ってきた様子。こういうふうに思いがけないところで、僕がひいきにしているイタリアと出くわすと、驚くと同時に嬉しくなる。近代以降、日本が学んできた外国と言えば、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカと言ったところだろうか(都市計画の世界でもまさにそう)。イタリアはあまり眼中になかったのではないか(都市計画の世界でもまさにそう)。でも、僕の曇ったひいき目かもしれないけれど、だんだんとイタリアに目を向ける人が増えてきているように見える。遺跡やブランド品や美味しい料理を楽しむだけではなくて、何かを学ぶ対象として、イタリアも少しずつ視野に入ってきているのではないか。
 なんでイタリア語を勉強してるわけ? と、ヴェネツィア出身の先生に訊かれたことがある。根拠はないけど、僕らがイタリアから学ばなきゃいけないことがたくさんある、という自信がある、と答えたら、けっこうウケてた(笑いを取ったワケではない)。この根拠のない自信と言うか直感にもう少し寄り添ってみることにした。自らの低性能ゆえ忙殺の年度末を余儀なくされそうだから、冬学期のイタリア語講座の受講を迷っていたけれど、欠席が多くなってもいいから申し込もう。ダメモトだもんね。
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by mono_mono_14 | 2005-01-06 23:54 | 伊/italia | Comments(0)
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